対照的な2人の新人
私の所属部署は和気あいあいとした雰囲気の職場で、女性社員はあだ名や名前の「ちゃん付け」で呼ばれる習慣がありました。当時は、ハラスメントへの意識が今ほど高くなく、誰も違和感を感じていませんでした。
ある年、2人の女性新入社員が配属されました。声が大きく積極的な大木さん(仮名)と、控えめで笑顔が印象的な福原さん(仮名)。大木さんはチャレンジ精神旺盛で熱心に業務に取り組む一方、うっかりミスが多く、上司から注意されることもしばしば。福原さんは慎重派で作業は正確だが、スピードに課題あり。
性格も仕事ぶりも対照的な二人でしたが、周囲は、それぞれの良いところを伸ばそうと熱心に指導をしていました。
ロッカールームの涙
ある日の退社時、ロッカールームで泣いている大木さんを見かけ声をかけたところ、彼女は声を振り絞るようにこう言ったのです。「課長の態度が私と福原さんで違うんです。私はいつも怒られてばかりで……。それに、私のことは『大木』と呼び捨てなのに、福原さんのことは『トモちゃん』って呼ぶんです。きっと私嫌われてるんです」
明るく前向きな彼女が、そんなことで悩んでいるとは思いもしませんでした。最初は「そんなことないよ」と軽く流してしまいそうになりましたが、彼女の溢れる涙を見て言葉を飲み込みました。
比較されやすい新人2人という立場では、他人にとって些細な「差」でも、彼女の心に日々重く積み重なっていたのかもしれません。私は、「嫌ってなんかないよ」と、否定することしかできませんでした。
変わった職場の空気
私が課長に大木さんの気持ちを伝えたところ、課長は驚きを隠せない様子で「まさかそんなことで……」と頭を抱えていました。
数日後、課長は女性社員全員を「苗字 + さん付け」で呼ぶようになったのです。事情を知らない人達は、突然どうしたのかと首をかしげていましたが、次第にその呼び方が職場全体に広がり、自然と「ちゃん付け」やあだ名が消えていきました。
職場の雰囲気は少し引き締まり、同時に、互いを尊重する空気が生まれたように感じました。大木さんも、相変わらず時々ミスをしては怒られながらも、以前の明るさを取り戻し元気に仕事に取り組んでいました。
無意識の区別
そんなつもりはなかったとしても、課長も私たちも、大木さんと福原さんを「結果的に区別」してしまっていたのかもしれません。親しみを込めたつもりの呼び方でも、だれかを傷つけることがあるのだと、大木さんの涙が教えてくれました。
その後私は何度か転職をしましたが、大木さんを思い出すたび、今の職場にも涙を隠している「大木さん」がいないだろうか、と気に掛けられるようになりました。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2025年11月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。