人気ラーメン店で働いていた私の知人・坂口さん(仮名)が出会った、ちょっと不思議なお客さんの話です。ある日、来店したご夫婦。奥さんからの、とある予想外なリクエストの対応に困ってしまい……。

忙しい夜のラーメン屋にて

私がラーメン屋で働いていた頃の話です。地元ではかなり人気の店で、夕食どきはいつも満席。ひっきりなしに注文が飛び交っていました。そんなある日、中年のご夫婦が来店されました。

仲良くメニューを覗きながら楽しそうに話しています。私はいつものように注文を取りに行き、「ネギラーメンひとつと、普通のラーメンひとつ」と伺って、厨房に戻りました。ここまでは、ごく普通の注文でした。

まさかの“カスタマイズ要求”

注文を通して数分後、カウンター越しにその奥さんが私を呼びました。「私、ネギが嫌いなの。普通のラーメンのネギは抜いてほしいのね」ここまではよくあるリクエストです。けれど、そのあとに続いた一言に、私は思わずフリーズしました。

「その代わり、夫のネギラーメンに私の分のネギも入れてもらえる?」一瞬、意味が理解できませんでした。厨房のスタッフも「え?」という顔でこちらを見ています。思いがけない発想に、スタッフ全員の手が止まったのです。

説明してもなかなか通じない

「申し訳ありません、そのような対応はできなくて……」とできるだけやわらかく伝えると、奥さんは少し不満そうに「だって、もともと私のネギでしょ?」と真顔。
一理あるのではという理屈に一瞬戸惑いましたが、「普通にお作りしますので、もしよければご自身でネギを取り除いて、ネギラーメンのほうに移していただけると……」と提案しました。

しばらく沈黙がありましたが、旦那さんが苦笑しながら「もういいだろ」となだめ、ようやく注文が確定。私はほっとして厨房に戻りました。

後から笑い話に

お客さんが退店したあと、厨房では「“ネギの権利”問題は初めてだったね……」と労うようにスタッフが笑ってくれました。

忙しい時間帯には少し困る注文でしたが、本当に色々なお客さんがいて、時々こうして忘れられないエピソードに出会うことができるのも、飲食店で働く醍醐味です。

【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2025年6月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:辻 ゆき乃
調剤薬局の管理栄養士として5年間勤務。その経験で出会ったお客や身の回りの女性から得たリアルなエピソードの執筆を得意とする。特に女性のライフステージの変化、接客業に従事する人たちの思いを綴るコラムを中心に活動中。