慣れない環境で感じる緊張は焦りへとつながり、時に失敗してしまうこともあるでしょう。しかし、そんな姿を見守り、手助けしてくれる人もいます。これは私自身が学生時代に体験した、実演販売アルバイトでのエピソードです。

本番当日まで、念入りに準備を重ねる

当時大学生だった私は、派遣アルバイトで電子レンジ調理器具の実演販売をしていました。主な売り場は百貨店の生活用品コーナー。実際に料理を作り、商品の魅力をアピールして販売につなげる仕事です。

私は料理の専門学校に通っていたわけでもない、いたって普通の学生。しかも、人前が苦手なタイプでした。「やるからには、完璧な実演を!」と意気込み、レシピ本を読みながら何度も試作を重ねました。

人からの注目を浴びてパニックに

そして迎えた当日。販売スペースには大勢のお客さんたちが集まってきます。日々、家庭の食卓を支える百戦錬磨の方々を前に、包丁を持つ手が震えました。

心臓の音が聞こえるほど緊張する中で知ったのは、「話しながら手を動かす」ことの難しさです。もはや頭は真っ白。そして手順をいくつか抜かしてしまい、料理は大失敗! 出来上がったのは見た目も残念な、ぐちゃぐちゃの失敗作でした。

お客さんに説明する言葉が見つかりません。白けたように去っていく人も。「どうしよう……」とパニック状態の中、あるお客さんが一言。

救いのひとこと

「今のは、失敗してしまうやり方を見せてくれたのね。今度はゆっくり、正しい作り方を教えてくれない?」声をかけてくれたのは年配の女性。その人はにっこり微笑みながら、両手でガッツポーズを作ります。「がんばれ」と伝えてくれているようでした。

そのおかげで我に返り、落ち着きを取り戻しました。もう一度ゆっくりと、練習したとおりに進めます。今度は無事に成功し、周りのお客さんたちから温かい拍手をいただきました。売り場の雰囲気も一気に和み、その後はスムーズに実演販売を続行。商品の売れ行きもよく、売上にも貢献できました。

お客さんの助けが、続ける勇気をくれた

結局、このアルバイトは契約満了まで続けました。あの時、機転を利かせてくれたお客さんの存在がなければ、私は一度限りで辞めていたかもしれません。あの日以降お客さんに会うことはありませんでしたが、大事な大事な思い出です。

【体験者:30代・筆者、回答時期:2025年7月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:S.Takechi
調剤薬局に10年以上勤務。また小売業での接客職も経験。それらを通じて、多くの人の喜怒哀楽に触れ、そのコラム執筆からライター活動をスタート。現在は、様々な市井の人にインタビューし、情報を収集。リアルな実体験をもとにしたコラムを執筆中。