閉店作業をしていた夜のこと
私が働いている薬局はドラッグストアが併設されていて、夜遅くまで営業している店舗です。最後のお客さんを見送り、片づけを終えたあと、駐車場のチェーンを閉めるのが最後の作業でした。その夜もいつも通り「今日も無事に終わったな」と思いながら店の外に出ました。
駐車場に残る車と人影
チェーンを閉めようと駐車場に目をやると、まだ一台だけ車が残っていました。そのそばに、男女ふたりが立って話していて、なんとなくピリッとした空気。耳を澄ませるつもりはなかったのですが、静かな夜だったので声が自然と聞こえてきました。
「もう無理だと思う」「なんでそんなこと言うの……」どうやら別れ話の真っ最中のようでした。彼女の泣き声も聞こえてきて、私は思わず足を止めてしまいました。
気まずくて声をかけられず……
本来なら「すみません、閉店なのでチェーンを閉めます」と声をかけるべきところです。でも、あの張りつめた空気に割って入る勇気なんて出るはずもなく、入り口の陰で「どうしよう……」とそわそわ。チェーンの鍵を持ったまま、しばらくウロウロしていました。
時計を見ると、もう閉店時間を過ぎているのに、ふたりの話は一向に終わる気配がありません。「いや、こんな場所で別れ話しなくても……」と心の中でツッコミを入れながら、結局その場で待つしかありませんでした。早く帰りたいのに、恋の修羅場が終わるのをただ見守るしかないという、なんとも不思議な時間です。
やっと静かになった駐車場
ようやくふたりが車に乗り込み、走り去っていきました。「はぁ〜、やっと終わった……」とため息をつきながらチェーンを閉めて、店内に戻ると同僚が「遅かったね、何してたの?」と聞いてきました。
事情を話すと、「薬局の駐車場で別れ話って、なんでそこで?」と呆れ顔。思わず私も笑ってしまい、「失恋に処方できる薬は、ないもんね」と返しました。あの夜の気まずさも、今ではちょっとした笑い話です。薬局の駐車場で、思いがけないドラマがあった夜でした。
【体験者:30代・女性薬剤師、回答時期:2025年5月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:辻 ゆき乃
調剤薬局の管理栄養士として5年間勤務。その経験で出会ったお客や身の回りの女性から得たリアルなエピソードの執筆を得意とする。特に女性のライフステージの変化、接客業に従事する人たちの思いを綴るコラムを中心に活動中。