大切な家族が重い病気になった時、会社を休まざるを得ないことがあります。もしそれが、大切なペットだったら? 私が旅行会社で働いていた頃、同僚のペットの急病がきっかけで、働き方について考えさせられた出来事がありました。

愛犬の急病

同僚の真由美さん(仮名)は、自他ともに認める愛犬家。10歳になるマルチーズと暮らしていました。その愛犬が、ある朝、突然体調を崩したのです。 呼吸が荒く、明らかに様子がおかしい――。一人暮らしの真由美さんは、すぐに上司へ連絡し、仕事を休んで動物病院へ向かいました。

診察の結果、緊急手術に……。幸い手術は無事に終わり2日後に退院できましたが、しばらくは目が離せないとのこと。真由美さんは上司と相談のうえ、3日間の休みを取りました。

冷ややかな視線と重なる過去

その後も時折愛犬の具合が悪くなり、真由美さんの遅刻や早退が何度か続きました。私たち同僚は「困ったときはお互いさま」と、できる限りのフォローをしていましたが、チームの先輩・涼子さん(仮名)だけは、どこか冷ややかな態度を見せていたのです。

涼子さんは、二人の子どもを育てるワーキングマザー。責任感が強く、自分にも他人にも厳しい人です。そんな涼子さんも、かつてお子さんの体調不良で休みがちだった時期がありました。その当時は真由美さんを含む私たちが彼女を支えていたのです。その記憶があるだけに、私は少し複雑な気持ちを抱いていました。

上司の一言が変えた空気

その日も真由美さんから「愛犬の具合が悪く、病院に連れて行くので遅刻します」と連絡が入りました。上司がその旨をチームに伝えた時、涼子さんが小さくつぶやきました。「犬のことで遅刻って、どうなんですかね……」一瞬、場の空気が凍りました。

すると上司が穏やかな口調で言ったのです。「涼子さんの気持ちもわかるけど、犬も家族だから。みんなでフォローしましょう」その言葉に、張りつめていた空気がやわらぎました。涼子さんは黙って視線を落とし、それ以来、真由美さんのことを口にすることはなくなりました。

共感が生む、新しい信頼

上司のあの一言は、時代の変化を象徴していたように思います。仕事とプライベートを両立させることが当たり前になりつつある今、誰かの心情に共感し、ほんの少し寄り添うだけで、職場の信頼関係は大きく変わるのだと感じました。

その後、真由美さんの愛犬は順調に回復し、彼女の生活も元に戻りました。そして今度は、育休明けで休みがちな後輩のフォローを誰よりも率先して行っていたのです。

あの日の上司の言葉――「犬も家族」は、真由美さんだけでなく、私たち全員の心に残りました。それぞれの「家族」を大切にできる職場は、きっと強くなれる。そう信じながら、私も日々の仕事に向き合うようになりました。

【体験者:60代・女性会社員、回答時期:2025年10月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:Sachiko.G
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。