嫌がる社員との攻防
総務で働いていたころ、私は社員の健康診断を担当していました。会社が指定する検査は会社負担、さらに希望すれば自腹でオプション検査を受けられる仕組みになっていました。多くの社員は最終的にはきちんと受けてくれるのですが、中には何度も延期してしまう人もいます。
その社員もまさにそのタイプでした。通知を出しても「また今度にする」と先延ばしばかり。理由を尋ねると、「怖いから」と一言。検査で何か見つかったら嫌だ、という思いが強く、どうしても踏み出せない様子でした。
家族のことを思って
私はどうにか受けてもらいたくて、「奥さんやお子さんも、あなたに元気でいてほしいと思っていると思いますよ」と声をかけ続けました。
最初は渋い顔をしていた彼も、次第に表情がやわらぎ、「じゃあ今回はちょっと詳しく受けてみようかな」と言ってくれたのです。ようやく、重い腰を上げてくれました。
思わぬ結果
そして当日、本人が追加で受けたオプション検査で、まさかの腫瘍が見つかりました。結果を聞いた彼は驚きつつも、「受けてよかった」と安堵の表情を浮かべていました。もし今回も先延ばしにしていたら、発見はもっと遅れていたかもしれません。
その後の精密検査の結果、腫瘍は良性と判明。私も、自分のことのようにほっと胸をなでおろしました。
健康診断の意味を考える
この出来事をきっかけに、「健康診断は会社の義務だから受けるもの」ではなく、「自分や家族の未来を守るもの」だと改めて実感しました。総務という立場で社員の健康に関わる中で、これほど強く感じたことはありません。
腫瘍が良性だとわかって安心したあと、彼が私にかけてくれた言葉があります。
「何回も受けるように言ってくれてありがとう」
その一言に胸が熱くなり、声をかけ続けて本当によかったと心から思いました。あのとき勇気を出して受けてくれた社員の姿は、今も忘れられない記憶のひとつです。そして私自身も、「健康を守るのは面倒な義務ではなく、大切な投資なのだ」と考えるようになりました。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2021年12月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:北山 奈緒
企業で経理・総務として勤務。育休をきっかけに、女性のライフステージと社会生活のバランスに興味関心を持ち、ライター活動を開始。スポーツ、育児、ライフスタイルが得意テーマ。