怖い存在
入社して間もない頃、職場には「怖いお局さん」として有名な女性がいました。
いつも険しい表情をしていて、休憩室で誰かの悪口を話している姿を何度か見かけたこともあって、私も怖くて「なるべく関わらないでおこう」と思っていました。
不安な日々の中で
入社して1か月ほどは、指導担当の先輩がついてくれました。しかし、1か月を過ぎると担当が外れ、ひとりで仕事を任されることに。不安と緊張でいっぱいになり、出社するのも憂うつな日が続きました。
そんなある日、お局さんから声を掛けられたのです。
予想外の優しさ
「何かあったときは言ってね」
そう言って彼女が差し出してくれたのは、シンプルなメモ用紙に黒いペンでさらっと文字が書かれた「何でも言ってね券」。
厳しそうな人から、こんなふうに優しさを示されるなんて思ってもみませんでした。
私は最初、冗談半分なのかとも思いました。けれど表情は真剣で、「本当に困ったら遠慮なく頼っていいんだよ」という気持ちが伝わってきたのです。
休憩室で“悪口”に聞こえていた言葉は、後輩を守るための上司に対する抗議だったことを後から知りました。
本人は不器用で表現がきついことがあるだけで、実は職場の人をよく見ていて、困っている人を放っておけない人だったのです。
そのギャップに驚くと同時に、緊張で張りつめていた心が一気に緩んでいくのを感じました。
今も残る“お守り”
あれから約10年が経ちました。
その「何でも言ってね券」は一度も使っていません。でも私にとってはお守りのような存在で、今も大切に保管しています。
怖いと思っていた人の裏にある優しさを知ったことで、私は職場で働く勇気をもらいました。あの日の紙切れ一枚が、私の社会人生活を支えてくれたのです。
体験者:10代・女性会社員、回答時期:2014年5月
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:北山 奈緒
企業で経理・総務として勤務。育休をきっかけに、女性のライフステージと社会生活のバランスに興味関心を持ち、ライター活動を開始。スポーツ、育児、ライフスタイルが得意テーマ。