憧れのホテルでの第一歩
念願のホテルに新卒で入社した私。これから始まる社会人生活に期待と不安を抱きながら、同期入社の10名と共に2週間の座学研修に臨んでいました。
同期の中でも印象的だったのが斎藤さん(仮名)でした。英語が堪能でフロント志望の彼女は、研修中も誰より真剣なまなざしで講師の話に耳を傾け、積極的に質問をしていました。「一流のホテルマンになる」という強い意志が伝わり、私も刺激を受けていたのです。
現実を知る研修の日々
座学研修が終わると配属先での研修前に、レストラン・宿泊・宴会の各部門を1週間ずつ体験する研修が始まりました。
レストランではカトラリー磨き、宿泊部門ではベッドメイキングやバスルーム清掃、宴会部門ではテーブル・イスのセッティングなどを実際に体験。お客様に最高のサービスを届けるために、裏方でどれほど細やかで、肉体的にきつい作業が行われているか──華やかなホテルの表面しか知らなかった私は、驚きの連続でした。
衝撃の退職理由
同期たちも最初はとまどいながら、「これも大切な仕事なんだ」と次第に理解を深めていきました。ところが研修が始まって数日後、斎藤さんが突然姿を見せなくなったのです。宿泊部門の研修を共にしていた同期の話によると、客室清掃を終えた後、泣きそうな表情で無言のまま帰っていったとのことでした。
そして数日後、驚きの情報が広まりました。斎藤さんの父親から「うちの娘にトイレ掃除をさせるのか!」とホテルに抗議の電話が入り、本人希望により即日退職となったというのです。たった1回の客室清掃で退社を決断したことも驚きでしたが、成人した社会人の退職に親が出てくることにも衝撃を受けました。
華やかなホテルの表と裏
斎藤さんが退職してしまったのはとても残念でした。もう少し頑張っていれば、きっと優秀なホテルマンになれたはず……そう思うと、もったいない気持ちでいっぱいになりました。
私はホテルのきらびやかなロビーや美味しいレストラン、心地よい客室は、裏側の地道な作業の積み重ねによって支えられていることを忘れないようにしようと心に誓ったのです。
【体験者:60代・会社員、回答時期:2025年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G 
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。