今時珍しい、手書き文字の封筒
職場でいつものように郵便物を確認していると、その日は明らかに他とは違う郵便物が混じっていました。
素朴な茶封筒に書かれたあて名は、今時珍しい手書き文字。差出人には「山本一郎(仮名)」と書かれていて、どうやら個人から送られてきたもののようです。
これまで、薬局宛てに一個人から届く手紙なんてほとんど目にしたことがありません。さらに言えば、うちの薬局に「山本一郎」という人の来局歴はありませんでした。
封筒の中身とは
わざわざ筆をとってまで、この人が薬局に伝えたかったことは何か? スタッフ全員がまず頭に浮かべたのは「クレーム」です。
「薬を出すだけでどうしてこんなに時間がかかるのか」「病院で説明したことを何度も言わせるな」などのご意見をいただくのは日常茶飯事。
手紙の中身が一体どんなクレームなのかと思うと、怖くて気軽に開けられませんでした……。
かといって、そのままにしておくわけにもいかず、全員が見守る中、意を決して封筒を開封しました。すると、中に入っていたのは全く考えもしなかった「あるもの」だったのです。
予想もしなかった内容
封筒の中身は、一枚の領収証と、山本さんが書いたであろう直筆のお手紙。
そこには達筆な字でこんなことが書かれていました。
「家の前に、貴薬局が発行した領収証の落としものがありました。落とし主が困っていたら大変ですので、恐縮ながらお送りいたします」
封筒に入っていたのは、クレームどころか山本さんの善意だったのです。
人のあたたかさに触れた出来事
後日、落とし主の患者さんに経緯を説明すると、とても感激されていました。
領収証を失くしたこと自体は大した問題ではなかったようですが、「山本さんの行動そのものが、何よりもの嬉しいプレゼント」と笑顔でおっしゃっていました。
山本さんの心の美しさに胸を打たれたのは、スタッフも同じです。
領収証を無事に返した後、お礼の手紙と切手を同封し、山本さんに返事を送りました。
クレームと思い込んだ自分を恥じつつも、心がじんわりあたたかくなった出来事でした。
【体験者:30代・筆者、回答時期:2025年7月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:S.Takechi
調剤薬局に10年以上勤務。また小売業での接客職も経験。それらを通じて、多くの人の喜怒哀楽に触れ、そのコラム執筆からライター活動をスタート。現在は、様々な市井の人にインタビューし、情報を収集。リアルな実体験をもとにしたコラムを執筆中。