飲食店で働いていた新人時代に「お客様に喜んでもらうことが一番」と信じていた、30代の知人の由紀さん(仮名)。しかし、常連客からの“特別注文”がきっかけで、接客の本当の意味を知ることに!?

お客様の期待に応えたい一心で

私が働いていたのは、落ち着いた雰囲気の洋食店。「お客様に喜んでもらうことが一番大切!」という思いを胸に、日々接客に励んでいました。

ある日、常連のお客様から特別な注文を受けることに。それは、「数量限定のビーフシチューのソースをオムライスにかけて、前菜のビシソワーズにパスタを入れてみてくれる?」というメニューにはないリクエスト。
内心「ちょっと難しそうだな」と感じつつも、「要望を叶えたらきっと喜んでもらえるはず!」と、承諾することにしたのです。

こんなはずじゃ……厨房に伝えた途端の大混乱

しかし、注文を伝えた瞬間、厨房の空気が凍りつきました。
シェフは顔色を変え、「限定のビーフシチューは仕込み量が決まっている。ソースだけ出したら他のお客様の分がなくなるだろ!」と強い口調で叱責。さらに「ビシソワーズにパスタなんて想定していない、パスタに合うソースの改良には時間もかかるんだ!」と声を荒げます。

忙しいランチタイム時、厨房の流れは一気に止まり、他のスタッフもピリピリした空気に。私は「やってしまった……」と泣きそうな気持ちになりました。

代替案を提示する勇気

結局、その日は特注料理を提供することはできませんでした。
私はお客様に頭を下げ、「ビーフシチューはソース単体では出せませんが、オムライスには特製のデミグラスソースを追加できます」「ビシソワーズに合わせるなら、クリーム系のパスタがおすすめです」と代替案を提案。
すると、お客様は最初こそ残念そうな表情を見せましたが、シェフからの説明を受けて納得したのか、代わりのメニューを選んでくれました。

その後、先輩から「お客様の要望をすべて受けるのがサービスではない。無理なことは無理と伝え、その上で代案を示すのがプロの接客だ」と助言を受けたのでした。

誠実な姿勢こそがプロの接客

この経験を通して、メニューは仕込みの分量や調理手順、食材の使い道まで綿密に計算されて作られていることを学びました。
そして、「できないことを正直に伝える勇気」と「代わりにどうすれば満足してもらえるかを考える誠実さ」が接客には欠かせないものだと実感したのです。

今もなお、この体験で得た学びは私の仕事観を支え続けており、どんな仕事においても必要な思考だと感じています。

【体験者:30代・飲食店勤務、回答時期:2023年5月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:Tomoyo.H
郵便局や年金機構、医療法人の管理部門を歴任。これらを通して、働く人の労務問題や社会問題に直面。様々な境遇の人の話を聞くうちに、そこから「自分の言葉で誰かの人生にいいきっかけをもたらせたら」と、執筆活動をスタート。得意分野は、健康や自然食、アウトドア。