夏祭りのにぎわい
私が催事企画を担当していたホテルでは、毎年8月のお盆期間に、ご家族で楽しめるイベントを行うのが恒例でした。その年は「夏祭り」と題して、ヨーヨー釣り、射的、綿あめなど、昔ながらの縁日遊びを盛りだくさんに用意。
連日ご家族連れでにぎわう館内は子どもたちの笑顔であふれ、企画担当としては「イベントは成功!」と、ほっと胸をなで下ろしていました。
宿泊客からの一通の手紙
イベントが終わって間もなく、支配人宛に一通の手紙が届きました。その内容は次のようなものでした。
「夏祭りを楽しみに宿泊しました。小学1年の息子が射的に挑戦しましたが、何度やっても的に当てられず景品をもらえませんでした。直前に遊んでいたお子さんが景品をもらっていたので余計にショックだったのか、息子は部屋に戻ってから泣いていました。
縁日は宿泊者へのサービスなのだから、子どもの気持ちを考えて景品をくれても良かったのではないでしょうか。残念な気持ちでいっぱいになりました」
手紙には、お母様の悲痛な思いが綴られていました。
「ルール」と「心配り」の間で
お子様の笑顔を見たくて宿泊されたご両親とお子様の気持ちを考えると、申し訳なさでいっぱいでした。イベントはお客様に楽しんでいただくためのもの。そんな悲しい思いをさせてしまったことに、胸が痛みました。
一方で、射的は「当たれば景品」というルールがあってこその遊び。簡単に景品を渡してしまえば公平性が失われます。でも、そのルールは本当にお客様のためのものだったのか――問いは重く胸に残りました。
正解のない学び
後で考えれば、残念賞のような小さな景品を用意する、小さなお子様用に的を大きくするなど、工夫の余地はいくらでもあったと思います。
ただ一つ確かなのは、サービスの価値はお客様によって違うということ。どんなにルールを設けても、それだけではお客様の満足は得られません。常に相手の気持ちに寄り添った心配りこそが、何より大切なのだと痛感しました。
小さなお子様の涙は、私たちに『おもてなし』の心を思い出させてくれたのです。
【体験者:60代・会社員、回答時期:2025年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Sachiko.G
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。