日常の中でふと奇妙な体験に見舞われることってありますよね。自分ひとりならまだしも、大勢で同じ体験を共有していたら、それは「見間違い」や「勘違い」では片付けられません。今回は、筆者の妹がお盆中に体験した不思議なエピソードを紹介します。

母と銀行へ向かった朝

8月15日。お盆真っ只中のこの日は、母の年金支給日でした。母が「一緒に行こう」と言うので、私は年金をおろす母の付き添いで朝早くに銀行へ行ったのです。

時間が早かったこともあり、銀行には待っている人が1人いるだけ。静かな空気の中、母と並んで待合椅子に腰かけました。

何度も開く自動ドア

ふと、自動ドアが開く音がしました。「いらっしゃいま、……せ?」と受付の女性の不思議そうな声が聞こえ、私と母もそちらを見ましたが、誰もいません。

何かがセンサーに反応したのだろうと思い直し、再び座って待っていると、またもやドアが開きました。それから何度も何度も。近くに人影はなく、ただドアだけが開閉を繰り返しているのです。

人の気配とざわめき

「壊れてるのかな?」銀行員たちがヒソヒソと話していたけれど、私には妙に人の気配が感じられました。待合椅子にいるのは、母と私、それからもう1人だけのはず。なのに、背後や周囲からザワザワとした空気が伝わってくるのです。

まるで見えない誰かが立ち並んでいるような、不思議な騒がしさがありました。

母の言葉に納得

やがて母の名前が呼ばれ、手続きを済ませて銀行を出た私と母。私が「自動ドア、しきりに開閉してたね」と言いながら車に乗り込むと、母がぽつりとこう言ったのでした。

「ここ1年で亡くなった人、多かったからね。お盆だし、帰ってきたついでに、いつものように年金をおろしに銀行へ来ちゃったのかもしれないね」

冗談めかして笑う母でしたが、私は妙に納得してしまいました。ドアが勝手に開いたのも、あのざわめきも、きっと彼らの日常の名残りだったのだろうと思ったのです。

日常と非日常の境目

怖さよりも、不思議と温かさの残る出来事でした。お盆という特別な時期は、この世とあの世の境目が少し近づくのかもしれません。

日常の中でふと混じり合う非日常。それは、懐かしい人たちがまだここに寄り添っている証のように感じました。

【体験者:30代・女性パート、回答時期:2025年8月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:hiroko.S
4人を育てるママライター。20年以上、接客業に従事。離婚→シングルマザーからの再婚を経験し、ステップファミリーを築く。その経験を生かして、女性の人生の力になりたいと、ライター活動を開始。現在は、同業者や同世代の女性などにインタビューし、リアルな声を日々収集。接客業にまつわる話・結婚離婚、恋愛、スピリチュアルをテーマにコラムを執筆中。