ランチ限定・ひじきセルフ食べ放題サービス
とある定食屋でのお話です。
この店ではランチタイム限定で「ひじきセルフ食べ放題サービス」が用意されていました。小鉢に好きなだけ盛れるもので、条件はあくまでも店内で食べること。明文化されるまでもなく、客の間では当然の認識として利用されていました。
堂々たるひじきの山に視線が集中
問題を起こしたのは、ひとりの男性客でした。はじめは他の客と同じようにひじきを小鉢に盛り、定食と一緒に口に運ぶ男性。周囲のお客さんも彼を特に意識することはありませんでした。
ところがその男性、回数を重ねるごとに盛り方が派手になり、3度目には小鉢の上に小山のようなひじきが積み上がるまでに。
すると彼はカバンからタッパーを5つ取り出し、目の前のひじきの山を堂々とタッパーへ詰め始めたのです。店内に、緊張感と好奇のまなざしが生まれました。
悠々と持ち帰りを図る男性に、思わぬ声が
慌ててスタッフが声をかけます。「すみません! セルフでも、お持ち帰りはできません!」
スタッフの制止に驚いた様子を見せる男性。しかしすぐに、にこやかにこう答えたのです。
「いやいや、家でも食べたいんです。ひじきは健康の要ですから」
その言葉にざわめく周囲。クスクスと笑い声も漏れ始めましたが、男性は意に介しません。
しかし、隣のテーブルに座っていた小学生の小さなつぶやきが状況を一変させました。
「パパ、あれって持って帰っていいの……?」
純真な子どもの声が耳に届いたのか、男性はそこで初めて我に返ったような動揺を見せたのです。店内の視線が一斉に自分に向けられていることを意識し、一気に居心地の悪さを感じたのでしょうか。さっきまでの笑顔は一瞬で固まり、頬も赤く染まっています。
気まずい中でのひじき完食
男性はゆっくりとタッパーをしまい、目の前のひじきに向き合いました。タッパー5つ分のひじき。逃げ場のない現実。周囲の視線を浴びながら、男性は気まずさを振り払うように黙々と食べ進めました。小鉢のひじきが次々と消えていく様子に、お客さんたちも思わず注目してしまいます。
あっという間に平らげ、うつむき加減で店を後にした男性。残されたのは小さな教訓でした。食べ放題は、ルールとマナーを守ってこそ楽しめるものです。サービスのありがたさと、思わぬハプニングへの驚きを同時に感じた、昼下がりの出来事でした。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2025年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:miki.N
医療事務として7年間勤務。患者さんに日々向き合う中で、今度は言葉で人々を元気づけたいと出版社に転職。悩んでいた時に、ある記事に救われたことをきっかけに、「誰かの心に響く文章を書きたい」とライターの道へ進む。専門分野は、インタビューや旅、食、ファッション。