憧れの先輩
調剤薬局で働いていた頃の話です。私の先輩事務員の佐藤さん(仮名)は、誰もが一目置く存在でした。綺麗で優しくて、しかも仕事も完璧。まさに“できる女性”という言葉がぴったりで、私にとっては憧れの人でした。
そんな彼女が職場で話す恋人の話はいつも楽しそうでキラキラしていて、「彼、すごく優しいんです」と微笑んでいる姿に、私は思わず「素敵なカップルなんだろうな」と胸をときめかせていました。
ただ、不思議なことに、彼の顔を見せてもらったことは一度もなかったのです。
偶然の目撃
ある日の仕事帰り、公園を歩いていた私は、ある光景に思わず立ち止まりました。佐藤さんと本部の課長・田辺さん(仮名)が、手をつないで歩いていたのです。田辺さんは既婚者。奥さんもいて、お子さんもいる。
「まさか……」頭の中が真っ白になりました。けれど、何も言うことができず、見て見ぬふりをしてその場を後にしました。
翌日、佐藤さんはいつも通りに、明るく仕事をこなしていました。まるで何事もなかったかのように。けれど私は、昨日のあの光景を見てしまった。「佐藤さんの恋人って、田辺さんだったの……?」気づきたくなかった現実に、胸がざわつきました。
それでも、伝えたかった
数日悩んだ末、私は思いきって佐藤さんに声をかけました。「この前、公園でおふたりを見かけました。……あんな関係、続けてほしくないです」
彼女は驚き、そして少しうつむいて、「すぐにやめられるような関係じゃないの」と小さくつぶやきました。その表情は苦しそうで、何もかも割り切っているようには見えませんでした。きっと、彼女自身も迷っていたのだと思います。
私たちはもともと、職場でもよく話す間柄だったからこそ、彼女は心を開いてくれたのでしょう。それから何度も話しました。
夜に電話がかかってきて、泣きながら「どうしたらいいと思う?」と聞かれたこともあります。私はただ、正解を押しつけるのではなく、彼女の話に耳を傾けるように心がけました。
まっすぐ前を向いて
時間はかかりましたが、佐藤さんは田辺さんとの関係に終止符を打ちました。そのタイミングで薬局も退職し、新しい生活へと踏み出していきました。今では結婚し、穏やかな家庭を築いているそう。
恋は盲目。相手がどんな人か、どんな関係か、本当は気づいているのに、目を背けてしまうこともある。あのとき、勇気を出して伝えてよかったと思います。彼女の人生が大きく狂わずに済んだことを、私はいまでも心から嬉しく思っています。
【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2019月9月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:miki.N
医療事務として7年間勤務。患者さんに日々向き合う中で、今度は言葉で人々を元気づけたいと出版社に転職。悩んでいた時に、ある記事に救われたことをきっかけに、「誰かの心に響く文章を書きたい」とライターの道へ進む。専門分野は、インタビューや旅、食、ファッション。