新人の頃は、右も左もわからず戸惑うことばかり。けれど、誰かが手取り足取り教えてくれるような環境とは限りません。今回はセレクトショップに入社した筆者の友人・ゆいさん(仮名)のお話。「見て覚えろ」と言わんばかりの職場に、ゆいさんは悪戦苦闘していました。

笑わない店長と初日の試練

ゆいさんがセレクトショップに入社したばかりの頃の話です。仕事への不安と期待が膨らむ中、迎えた入社初日。出勤すると、どこか張り詰めたような空気が漂っていました。

出迎えたのは、面接の時に一切笑っていなかった店長。無言のまま、淡々とした雰囲気だけをまとい、そこに立っていました。店長は「あの棚、並び替えておいて」とだけ言い残して、足早に奥へ消えていきます。挨拶も説明もありませんでした。

見よう見まねで動いてみても、棚の並べ方にルールがあるのかすらわからず、商品がびっしりと並んだ空間に一人取り残されたゆいさん。初日から困惑と不安でいっぱいになりました。「これが社会人ってこと……?」そんな思いが、じわじわと胸に広がっていったのです。

叱責を受ける日々と、募る悔しさ

その後も店長からの指摘は止まりません。「コーデ提案はセットで3パターン見せて」「トルソーの配置が動線をふさいでる」「新作は視線の高さに」……。業界用語まじりの言葉に戸惑いながらも、ゆいさんは必死についていこうと努力していました。

しかし、何度も何度も叱られる日々が続きます。時にはお客さんの前で指摘され、まるで公開処刑のような気持ちになることも……。「教えてもらっていないのに、わかるわけがない」ゆいさんの心の中で、悔しさが少しずつ積もっていったのです。

それでも店長からは「まず基本を覚えて」と突き放されるばかり。聞きたいことは山ほどあるのに、どこまでが常識で、どこからが質問してもいいことなのかがわからず、ゆいさんは結局なにも聞けずにいました。

「このままじゃ終われない」

ある日、ゆいさんは店長から重い一言を突き付けられます。
「試用期間中だし、継続についてはもう少し考えさせて」

その瞬間、心が一気にざわついたゆいさん。「えっ、なにそれ……。遠回しなクビ宣告!?」そう悟り、胸の奥で何かが燃えたのでした。「このまま終われるわけがない」と火がついたのです。

ゆいさんはがらりと変わりました。オープン前の棚づくりも、営業中の売り場管理も、先輩たちの動きを注意深く観察し、ひたすら真似をしました。何度嫌な顔をされても、わからないことはきちんと尋ねました。「嫌われてもいい。それより、成長したい」そんな決意を胸に、黙々と努力を重ねていったのです。

あの日の経験が、未来を変えた

そして数年後。店長が異動したあと、次期店長に任命されたのはゆいさんでした。

現在では研修制度も整え、新人スタッフが困らないようサポートする仕組みもきちんと整備しているゆいさん。

「わからなくて当然」と、まずその一言を後輩に伝えること。ゆいさんは、それこそが先輩にとって一番大切なことなのだとあの頃の経験が教えてくれた、と話します。あの時の厳しさがなければ、今の自分はいなかったかもしれない。そう思って、今はあの店長にも感謝しているそうです。

【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2024月4月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:miki.N
医療事務として7年間勤務。患者さんに日々向き合う中で、今度は言葉で人々を元気づけたいと出版社に転職。悩んでいた時に、ある記事に救われたことをきっかけに、「誰かの心に響く文章を書きたい」とライターの道へ進む。専門分野は、インタビューや旅、食、ファッション。