訓練を終えて緊張の初フライト
私が就職した航空会社では、2ヶ月間の訓練を終えてから実際にお客様をお迎えして、フライトのデビューをします。ご想像のとおりと思いますが、訓練期間中は教官からの厳しい指導を受けつつ、テスト勉強の為、連日寝る間も惜しんでつらい2ヶ月間を過ごします。
もちろん、訓練を乗り越えたことは自信になりますが、やはり初めてのフライトとなると、それはそれは大変な緊張でした。なぜなら、フライトは訓練と異なり何が起きるか全く分からないからです。急病人が発生するかもしれませんし、お客様からクレームを頂戴する可能性も……。
また、ご一緒する先輩もどんな人か分かりませんし、最悪の場合行き先すら変更になる可能性もあります。
担当の指導員の先輩は……!?
そんな緊張のフライトデビューですが、まだ新人なので、指導員の先輩が一人つくことになっていました。空港のオフィスで担当の先輩にご挨拶をしに行くと、そこにいたのは「ザ・ベテラン」の風格のお姉様。
厳しそうな見た目に圧倒されつつも、新人ながら精一杯「宜しくお願いします!」と挨拶をしました。先輩は「訓練でしっかり勉強した成果を見せて頂こうかしら」と仰り、私の緊張はピークに達しました。
とうとう飛行機は離陸!
そして実際に飛行機に乗り込み、業務開始。初フライトは「羽田ー新千歳」の飛行機でした。
お客さんとして飛行機に乗っていたら「北海道で何をしよう♪」とワクワク気分ですが、こちらは新人の客室乗務員。緊張で頭は真っ白です。
そんな中必死になってお客様をお迎えし、とうとう飛行機は離陸!
シートベルトサインが消え、私はお客様に出す飲み物の準備に取りかかりました。
そこで起きた大事件
緊張で手が震えていたのでしょう。飲み物の準備をしていると、水のペットボトルのキャップが開いたまま、手から滑り落ちてしまったのです。
もちろん機内のギャレーはびしょ濡れに。さらに運の悪いことに、蓋の開いたペットボトルは、あの厳しそうな指導員の先輩に向かっていったのでした。
頭から水をかぶってしまった先輩。私のミスで、予備の制服に着替える羽目になってしまったのです。私は半泣きになりながら必死に謝罪をしました。
「私が慌てていたばかりに、本当にすみませんでした……! ご迷惑をおかけして、申し訳ございません!」
すると先輩は一言。「私がお客様じゃなくてよかったね!」
「お客様に迷惑をかけたわけじゃないんだから」
「お客様に迷惑はかかってないんだから、謝らなくても大丈夫。社内の人間には、そんなに気を遣わなくていいのよ」
先輩は、私の失敗は全く気にしていない様子でした。怖そうな雰囲気の先輩に対して私は勝手に厳しそうな印象を抱いていましたが、とんだイメージ違いだったのです。
フライトが終了し、改めてもう一度ご迷惑をかけたことを謝罪すると「そうやって素直に自分の失敗を認められる気持ちを大切にして、これからも頑張ってね」と励ましの言葉も頂けました。
私は厳しい女性社会ばかりを想像していましたが「こんなに優しくて尊敬できる先輩がいるんだ」と感動し、私もそんな人になれるように頑張ろうと誓った、思い出深い初フライトだったのでした。
【体験者:30代・会社員、回答時期:2025年5月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:阿川香織
日系航空会社で国際線・国内線の客室乗務員として勤務。現在は退職し、乗務員時代に得た知識や出会ったお客など、女性ならではの視点でコラムを執筆。子育てに奮闘しながら、女性を言葉で元気づけたいと精力的に情報発信をおこなう。