仕事と介護の日々
70代になった義母と同居を始めてしばらくした頃、義母は認知症と診断されました。私は仕事を続けながら夫と協力し、通院の付き添いや身の回りの世話など、できる限り義母を支えていました。
しかし、症状は徐々に進行し、目を離せない場面も増えていきます。このまま自宅で介護を続けるのは難しい……夫と何度も話し合い、悩んだ末、私たちは義母に施設へ入ってもらう決断をしました。
口先だけの義妹
義母が施設へ入ると、義妹は「施設なんて可哀想」と私たちを責めるような言葉を口にしました。それでも義母にできるだけ寂しい思いをさせたくなくて、私は仕事の合間を縫って週に何度も面会へ通い、必要な物を届けたり身の回りのお世話をしたりしていました。
それなのに義妹は、お見舞いにもほとんど来ないにもかかわらず「もっと会いに行ってあげて」と言うばかり。実の娘である義妹にそう言われるたび、私たちの選択は間違っていたのではないかと、自分を責めずにはいられませんでした。
開封された遺言
数年後、義母は施設で静かに息を引き取りました。悲しみに暮れる間もなく相続の話し合いが始まると、それまでほとんど施設へ顔を見せなかった義妹が、遺産について積極的に口を開き始めたのです。
複雑な思いで話を聞いていると、その場で義母の遺言書が開封されました。そこには財産の分け方だけでなく、一通の手紙も残されていたのです。
義母の最後の一撃
手紙には「毎週会いに来てくれてありがとう。血のつながりはなくても、あなたは私にとって本当の娘でした」と、私への感謝の言葉がつづられていました。さらに遺言には、夫が財産の大半を相続し、義妹には最低限の取り分のみ。そして私は感謝の気持ちとして、義妹が受け取る分を上回る遺贈を受けることが記されていたのです。
義母は、私がしてきたことをすべて見ていてくれました。涙が止まらなかった私とは対照的に、義妹は何も言い返せず、その場で言葉を失っていました。
【体験者:40代・女性会社員、回答時期:2026年7月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:逢坂 ゆな
ライター業をしながら、実は現役の保育士でもある。その実体験を元にしたエピソードをSNS発信すると好評を得て、執筆者としても活躍するように。幼稚園教諭や歯科受付などの、多彩な職業も経験。読者からの共感の声やお悩み相談、体験談が届き、それらも元に執筆中。育児エピソードや義母・夫とのバトルなど、ママ世代から共感を呼ぶリアルな体験記事が人気。

