「まあ、俺が支えてる感じかな」
私は夫と結婚してから、ずっと別家計でした。生活費だけは折半して、あとはお互い干渉しないスタイル。だから、細かい年収の話をすることもありませんでした。ただ、夫は昔から「大手企業勤務」という自負が強い人でした。
「自営業って波あるだろ?」「うちは俺が安定してるからさ」そんなふうに、何気なく言うのです。別にケンカになるほどではありません。でも、どこか“自分の方が稼いでいる”という前提で話しているのが伝わってきました。
私は最初こそ少し引っかかっていましたが、途中から訂正するのも面倒になってしまい、会社の売上や仕事の話も、夫にはあまり細かく話さなくなっていました。
家族パーティーで感じた居心地の悪さ
ある日、夫の会社の家族向けパーティーに参加したのです。会場には、夫の同僚やその家族がたくさん来ていました。その中で夫は、少し得意げにこう話していました。「うちも共働きだけど、まあ俺がメインで支えてる感じかな」
周囲の人たちも、「やっぱり大手勤務って安心ですよね」「奥様も心強いでしょうね」と盛り上がっていて、私は苦笑いするしかありませんでした。否定する空気でもなかったし、わざわざ場を白けさせる必要もないかなと、その場では静かに聞いていたのです。
「もしかして、〇〇社の社長さんですか?」
ところが、その直後でした。夫の上司らしき男性が、突然こちらを見て足を止めたのです。「えっ、もしかして、〇〇社の社長さんですよね?」私は驚きながらも、「はい」と答えました。
すると、その上司は一気に表情を明るくして、「いつもお世話になっています! 先日の新規プロジェクト、大成功だったそうですね」と話し始めたのです。その瞬間、周囲の空気が変わりました。実は、夫の会社と私の会社には取引があったのです。しかもかなり重要な案件でした。
夫は隣で固まっていました。「え、社長?」小さな声でそう聞き返していたのを、今でも覚えています。さらに上司が笑いながら、「いや〜、旦那さんよりずっと稼いでるんじゃないですか?」と続けた瞬間、夫の顔がみるみる赤くなっていきました。
恥ずかしかったのは、きっと夫の方だった
帰宅後の夫は、驚くほど静かでした。いつものような偉そうな態度もなく、しばらくしてからぽつりと、「知らなかった」とだけ言ったのです。私は「別に言う必要もなかったしね」と返しました。すると夫は少し黙ったあと、「なんか、自分が恥ずかしくなった」と、素直に謝ってきました。
その日以来、夫は「俺の方が上」という雰囲気を出さなくなりました。気づけば、家事も以前より自然にやるようになっていたのです。
私はあとから思いました。あの日、一番ダメージを受けていたのは、たぶん私ではなく夫だったのだろうなと。変に言い返さなくても、事実が勝手に全部ひっくり返してくれることもある。そんな出来事として、今でも妙に印象に残っています。
【体験者:40代・女性経営者、回答時期:2026年5月】
EPライター:佐藤 栄祠
大手メーカーの営業を経て、ライターに転身。会社員時代に培った経験と、組織の一員であるからこその“喜怒哀楽”をリアルに伝え、「誰かを癒したい」との思いが執筆の原動力。スピリチュアル関連情報にも精通しており、それらに傾倒する人の思いを描いたエピソードも好評。

