あえての10割負担
調剤薬局で事務の仕事をしています。処方せん受付の際、まず確認するのは保険欄。請求に関わる大切な部分です。保険切り替え中などの理由がある場合、処方元に倣ってひとまず自費(10割負担)で対応することもあります。
ある日のこと、山岸さん(仮名・40代女性)という患者さんの処方せんを受け付けました。彼女の処方せんには保険番号が入っておらず、全額自費になっています。過去の記録を見てみると、受診は年に1回くらい。そして今までの処方せんも全て自費での受付でした。
驚くことに、彼女はあえて「保険を使わず自費を希望している」というのです。
イレギュラーへの違和感
例えば、3割負担でお薬代が1,500円ならば、全額負担だと5,000円くらいかかります。お薬代の負担を自らの意思で高くしたいという人には、今まで出会ったことがなく驚きました。
(何か特別な事情があるのかな……?)思いつく限りの理由がいくつも頭をよぎりましたが、山岸さんの話ぶりや雰囲気に不審な点は見られませんでした。
大切な人のために
真意が分からず困惑顔をしてしまっていた私に、山岸さんはふふっと笑いながら、小声で優しく理由を教えてくれました。
「私の夫、ものすごく心配性でね。ごくたま~に眠れないときだけ使ってる薬なのに、知ったら大騒ぎされそうだから内緒にしているの」そう言う彼女の表情は、少し照れくさそうでした。
確かに保険診療の場合、「医療費のおしらせ」の書面が各世帯に送られます。山岸さんの行動は、夫が受診歴から悪い想像を働かせないようにという、思いやりから来るものでした。
理由の先にあった愛情
彼女はお金をかけてでも、相手に余計な心配をかけたくなかったのでしょう。これもある意味「愛情のかたち」なのかもしれません。
夫婦のことは夫婦にしか分からない。いろいろな考え方があるんだなあと実感した出来事でした。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2025年1月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:S.Takechi
調剤薬局に10年以上勤務。また小売業での接客職も経験。それらを通じて、多くの人の喜怒哀楽に触れ、そのコラム執筆からライター活動をスタート。現在は、様々な市井の人にインタビューし、情報を収集。リアルな実体験をもとにしたコラムを執筆中。

