「値札を見ない」というこだわり
私の働く調剤薬局には、月に1回の頻度で処方せんを持ってくる花岡さん(仮名・50代女性)という方がいました。彼女は来局のたびに、店舗で売っているお菓子や飲み物などをいくつか購入していきます。
薬局では、会計のため商品には1つずつ値札シールを貼っています。しかし花岡さんは、その値札をあえて見ないようにしながら商品を選び、レジでは「全て剥がしておいて」とオーダーしてくる人でした。
値札は邪魔者扱い
お客様にそう求められれば、スタッフとしては言われた通りにするしかありません。私は「誰かにプレゼントするのだろうか」と考えましたが、花岡さんは買ってすぐに食べ始めるので、その可能性は無さそうです。
売る側にも買う側にも分かりやすいはずの値札を、なぜ「いらない」と言うのか。私は真意が分からないまま、対応していました。
こだわりの理由
そんなある日、いつもより多めに商品を買ってくれた時のことです。必死に値札シールを剥がす私に「いつも悪いわねえ」と言いながら、「この店でのことじゃないんだけど」と前置きしたうえで、こんなことを教えてくれました。
「前にね、値段だけで選んで大失敗したことがあるのよ。だから、自分が『おいしい』と思うものは、値段じゃなくて自分の舌で決めたくてね」花岡さんはにっこりと笑いながら、椅子に座るといつものようにお菓子を頬張っていました。
値段を極力見ないで買う。それが花岡さんなりの、食の楽しみ方のようでした。
小さな自由
高いか安いか、損か得か、コストパフォーマンス・タイムパフォーマンスはどうか。これも考え方のひとつであり、決して悪いことではありません。しかし、花岡さんのように、時には自分の感覚だけで味わう自由があることも素敵だと感じました。珍しいリクエストの裏には、その人なりの価値観があるのかもしれません。
今度、私も値段を見ずにコンビニでおやつを買ってみようかな。そんな小さな冒険をしてみたいと思えた出来事でした。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2023年11月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:S.Takechi
調剤薬局に10年以上勤務。また小売業での接客職も経験。それらを通じて、多くの人の喜怒哀楽に触れ、そのコラム執筆からライター活動をスタート。現在は、様々な市井の人にインタビューし、情報を収集。リアルな実体験をもとにしたコラムを執筆中。

