「理想のパパ」が語られる時間
子ども同士が同じ園に通うママ友グループの中に、片岡さん(仮名)という人がいました。片岡さんが何かにつけて話題にするのは、旦那さんのこと。「うちのパパ、本当に家のこと全部やってくれるの」「仕事が忙しくても、育児は全部参加型でさ」
それを聞いた周囲のママたちは、「すごいね」「理想的だね」と、決まり文句のように返すのでした。感心したような相づちと、ほんの少しの羨望。それもまた、この場ではおなじみの光景でした。
変わらない会話の、その途中で
ある日の園帰り、数人で立ち話をしていたときのことです。その日も片岡さんは、いつも通りのテンション。「昨日もね、私ほとんど何もしなかったの」「全部パパがやってくれて」慣れ親しんだ流れでした。
そんなとき、すぐそばで遊んでいた片岡さんの娘さんが、ふと顔を上げ、思い出したことをそのまま口にするように、一言つぶやきました。
話は盛れても、事実は盛れない
「え? パパ、昨日もソファで寝てたよ」一瞬、空気が止まったように感じられました。片岡さんは、慌てて笑いながら場を和ませようとします。けれど、子どもはそこで言葉を止めません。「ママがお皿洗って、パパはテレビみてた」そこにあったのは、説明でも反論でもなく、ただの事実でした。
その場で笑う人はおらず、誰も突っ込むことも、否定することもしませんでした。ただ、そこにいた全員が、同じことを理解したのだと思います。
いちばん正直だった人
それ以来、片岡さんの「旦那自慢」は、目に見えて減りました。話題に出しても、以前のような勢いはなく、どこか控えめな語り方に変わっていきました。
大人は、都合よく話を整えることができますが、子どもは日常を、そのまま言葉にしてしまいます。
その正直さは、ときにどんな説明よりもよくできていて、飾らない事実や逃げ場のない真実を、静かに、しかし容赦なく表に出してしまいます。子どものひと言は、思っている以上に多くのことを語ってしまうのかもしれません。
【体験者:30代・パート、回答時期:2025年12月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:miki.N
医療事務として7年間勤務。患者さんに日々向き合う中で、今度は言葉で人々を元気づけたいと出版社に転職。悩んでいた時に、ある記事に救われたことをきっかけに、「誰かの心に響く文章を書きたい」とライターの道へ進む。専門分野は、インタビューや旅、食、ファッション。

