社長は上品な人格者
私はチェーン展開の薬局で働いていて、今日は年に一度の恒例行事、社長が店舗視察にやって来る日です。
数人の部下を引き連れて薬局に入ってくる社長が身に付けていたのは、仕立てのよさそうなスーツに、シワひとつ見当たらないワイシャツとピカピカの革靴。まさに「上品な紳士」といった出で立ち。そんな社長は60代前半ですが若々しく、白い歯が印象的でした。
立っていても、座っていても、姿勢は美しいまま。にこやかに余裕のある笑みを浮かべながら
「みなさんのおかげで会社が成り立っています。ありがとう」と、立場が上でも謙虚な態度を崩さず、その振る舞いには、自分たちと別世界の人間だと感じさせる雰囲気がありました。
社長、会社を退く
数年後、社長は年齢を理由に引退することに。今までの貯金もあるでしょうから、今後は悠々自適な隠居生活を送るのでしょう。
私は、「お金持ちの老後ってどんな暮らしなんだろう」と野暮な想像を膨らませました。
久しぶりの再会
そんなある日、薬局に元社長が現れます。どうやら奥様の通院に付き添われているご様子。顔を見て「あっ、元社長だ!」と喜んだのもつかの間、その風貌にスタッフはみんな驚きを隠せませんでした。
そこには、アロハシャツに半ズボン、使い古されたビーチサンダルを身にまとった元社長の姿が。しかも手にはコンビニのビニール袋をぶら下げて、飲みかけのペットボトルが透けて見えています。
言われなければ、彼がバリバリの社長業についていたなどとは、夢にも思わなかったでしょう。それくらい周囲に溶け込み、あの頃のオーラは影も形もありませんでした。
唯一、手入れの行き届いた白い歯を見せる笑顔に、当時の面影が残っていました。
見た目だけで判断するのは危険
人は見た目で物事を判断しがちですが、見た目だけで中身まで測り知るのは不可能です。
元社長の一件で、その人のステータスや裕福さは、簡単には判断できないものだと改めて実感しました。
ただ気付いていないだけで、お金持ちは案外身近なところに存在しているのかもしれません。
【体験者:40代・会社員、回答時期:2025年1月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:S.Takechi
調剤薬局に10年以上勤務。また小売業での接客職も経験。それらを通じて、多くの人の喜怒哀楽に触れ、そのコラム執筆からライター活動をスタート。現在は、様々な市井の人にインタビューし、情報を収集。リアルな実体験をもとにしたコラムを執筆中。

