いつもの「笑顔」で迎える日常
カフェで働く葵(仮名)にとって、接客の基本は「笑顔」でした。
忙しい朝も、閉店間近の疲れた時間も、同じように笑顔を絶やさずお客様を迎える。それはマニュアルにも記載されている職場の教えでもあり、彼女自身も「接客業なのだから当たり前」と思っていたからです。
ただ、彼女自身「これでどれだけの意味があるのだろう」と心のどこかで感じていました。
一通の手紙との出会い
ある日、常連の高齢女性が会計を終えると、小さな封筒を差し出しました。中には整った文字で数行の短い手紙。「あなたの笑顔に毎日救われています」と便箋に綴られていたのです。
思いが込められたその言葉に、彼女の胸は熱くなりました。ルーティンと思っていた自分の笑顔が、誰かにとっては「救い」になっていたことを知った瞬間でした。
手紙の裏にあった背景
後日、手紙を受けとったことを店主に話すと「君だったんだね」とその高齢女性のことを聞かされました。
実は数か月前にご主人を亡くし、外出する気力すらなく、このカフェに足を運ぶこともためらっていたそう。そんな時、ある女性スタッフの笑顔に出会ったことで、「ひとりじゃないのね」「ほっとしたわ」と感じ、再び足を運ぶ力になったのだというのです。
「この笑顔を見られるように前を向かなきゃ」と、その方が話していたと聞き、葵は改めて胸がいっぱいになりました。
自分では気づかなかった存在価値を、人の言葉を通して知る瞬間でした。
小さな心がけが人を動かす
それ以来、葵はその手紙を大切に保管しているといいます。その手紙は彼女にとってお守りのような存在になったのです。
接客に迷いを感じたり、心が沈んだりした時は、封筒を取り出して読み返し、自分の仕事の意味を思い出すようになりました。接客とは、単なる作業ではなく「人と人をつなぐ時間」だと気づかせてくれたからです。
小さな心がけが、誰かの心を支える力になる。その気づきが、彼女自身の仕事への姿勢を大きく変えていったのでした。
【体験者:30代・カフェ勤務、回答時期:2023年5月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:Tomoyo.H
郵便局や年金機構、医療法人の管理部門を歴任。これらを通して、働く人の労務問題や社会問題に直面。様々な境遇の人の話を聞くうちに、そこから「自分の言葉で誰かの人生にいいきっかけをもたらせたら」と、執筆活動をスタート。得意分野は、健康や自然食、アウトドア。