常連さんからの嬉しい祝福
調剤薬局で働いていた頃、双子を妊娠していた私。妊娠6ヶ月頃には白衣の上からでもお腹のふくらみが分かるほどで、よく患者さんに声をかけてもらったものです。
その日も、常連の60代女性の患者さんが私のお腹を見て「おめでた?」と笑顔で尋ねてきました。私は嬉しくなり、「実は双子なんですよ」と答えたのですが、その次の一言に少し戸惑うことになります。
「ってことは、不妊治療?」
突然飛び出したデリケートな質問
驚きと好奇心が混ざったような表情でそう聞かれ、私は一瞬返事に迷いました。不妊治療では排卵を促す薬や複数の受精卵を戻す方法が行われるため、双子の確率が自然妊娠より高くなることを、その患者さんは知っていたのでしょう。
実際は自然妊娠でしたが、質問の唐突さに心がざわついたのを覚えています。結局「自然妊娠なんです」と笑顔で答えると、「へぇ、珍しいわね」とさらに遠慮のない返事が返ってきました。
自然妊娠でも戸惑う、その理由
もしこれが、不妊治療をしていて話したくない人だったら。想像すると、その瞬間のやりとりが胸に重くのしかかります。妊娠や出産は嬉しい話題であると同時に、とてもデリケートな領域でもあるもの。治療の有無、経過、家族の計画は、人によっては触れられたくない事情や痛みを伴うことがあります。
「聞く前に」を考える大切さ
おそらく、相手の女性も悪気はなかったのでしょう。女性同士だからこそ、日常の延長で口にしてしまったのかもしれません。でも、妊娠や出産にまつわる質問は、何気ない一言であっても、相手の心に深く踏み込むことがあります。だからこそ「聞く前に少し立ち止まる」ことが必要なのだと、その時強く感じました。
あの日から、私自身も誰かにお祝いを伝えるとき、質問を投げかけるときは必ず「この言葉は本当に必要か」「相手を思いやれているか」を考えるようになりました。嬉しい気持ちは、質問ではなく優しい祝福の言葉で伝える。たったそれだけで、相手の笑顔はもっと自然に、心地よく広がっていくはずです。
【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2022年3月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:辻 ゆき乃
調剤薬局の管理栄養士として5年間勤務。その経験で出会ったお客や身の回りの女性から得たリアルなエピソードの執筆を得意とする。特に女性のライフステージの変化、接客業に従事する人たちの思いを綴るコラムを中心に活動中。