大阪へ来たばかりのAちゃん
私が居酒屋でアルバイトをしていたときの話です。
Aちゃんは、大学進学と同時に大阪へ越してきて、新人バイトとして働き始めたばかり。ある日、私はAちゃんのフォロー役として一緒に勤務することになりました。
Aちゃんは仕事覚えも早く愛想もよかったので、私はすっかり安心。「何かあればいつでも言ってね」と伝え、各々仕事をしていました。
Bさんの席から走り去った理由は……
開店からしばらくした頃に、事件は起こりました。常連のBさんの注文を取りに行ったはずのAちゃんが、小走りで席を離れていったのです。
慌てて後を追うと、厨房の端で立ち尽くすAちゃん。その目には涙が浮かんでいました。びっくりした私が「どうしたの?」と尋ねると、Aちゃんはか細い声でこう答えてくれました。
「……関西弁が怖いです」
方言が与える印象にびっくり
確かにBさんは生まれも育ちも大阪で、語尾が強めの関西弁を話します。ただ、関西弁は私にとっては耳馴染みのあるイントネーション。他の地方から出てきたばかりのAちゃんにはきつく聞こえるということに、驚いてしまいました。
話すうちに、少し落ち着いてきたAちゃん。一緒にBさんの席に戻り、事情を説明して席から立ち去ったことを謝罪しました。
「そうやったんか~。走って行ったことにも気づかんかったわ。気にせんでいいよ、大阪の人はみんなこんなしゃべり方やし、慣れや~」
Bさんは笑いながら、そう優しく声をかけてくれました。Bさんの言葉に「ありがとうございます」と頭を下げ、再びホールへ戻ったAちゃん。営業終了後には、「ちょっときつめの関西弁に感じてしまって驚きましたが、慣れたら大丈夫ですよね」と笑顔を見せてくれました。
Aちゃんの変化
時が経ち、私がその居酒屋を卒業する最後のシフトの日。Aちゃんは私に、「最初は怖くて泣いたけど、今じゃ私も関西弁を使えるようになりました」とあの日と同じ笑顔を見せてくれました。
環境のギャップに戸惑い涙していたAちゃんも、Bさんをはじめとする優しいお客さんたちに支えられ、最後に笑顔で私を送り出してくれたこと。とても嬉しい思い出として、今も胸に残っています。
【体験者:20代・女性、回答時期:2020年4月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:saya.I
総合病院で看護師として勤務を通して、介護や看護の問題、家族の問題に直面。その経験を生かして現在は、ライターとして活動。医療や育児のテーマを得意とし、看護師時代の経験や同世代の女性に取材した内容をもとに精力的に執筆を行う。