妹が口にした一言
私の実家は山あいにあり、昔から狐や狸、熊が出るような場所でした。
ある日、母と妹が買い物から帰ってくると、妹がぽつりと一言。
「道路で猫が轢かれてた……可哀想だったよ」
するとたまたまその場にいた祖母が、すぐに顔を曇らせたのです。
「それ、その場で口にしたかい?」即座に妹に尋ねる祖母。
「え? うん。思わず『可哀想』って……」そう答える妹に、祖母は眉をひそめました。
妹の異変と気配
それからというもの、妹の様子がどこかおかしくなりました。「玄関に狐がいる」「お風呂場に狐が入ってきた」「枕元にいた」などと話すようになったのです。
最初は冗談だと思っていた私と母も、次第にただならぬ雰囲気を感じ始めていました。
そしてある晩、妹は突然叫び始めたのです。その声はまるで、狐の鳴き声のように甲高く、耳に残るものでした。
祖母の本当の力
その異様な声を聞きつけて、祖母が血相を変えてやってきました。そしてこう言うのです。
「この子には狐が憑いている。今すぐ祓うから手伝いなさい!」
「え? ばあちゃん、祓えるの?」と聞く私に、「資格は持ってる」と免状らしきものを見せてくれました。祖母は昔から不思議なものを見る力があるとは思っていたけれど、まさかお祓いまでできるとは……。
祖母がお経を唱え始めると、妹は普段からは想像もつかないほどの力で暴れ始めました。押さえつける私や母、そして祖母に対して、ひどい暴言も吐き続けます。その声も、いつもの妹の声色ではありません。まるでテレビで見たような光景が、目の前で繰り広げられました。
境界を越えた代償
何十分も唱え続けた祖母の声が止んだところで、妹の力がふっと抜けました。
「もう大丈夫だ」。祖母がそう言った直後、外から狐の鳴き声が響きました。ふと窓の外を見ると、1匹の狐がこちらをじっと睨み、そして音もなく姿を消したのです。
後になって祖母は静かに教えてくれました。
「自然の中には、人には見えない境界がある。轢かれてしまった動物に同情したり哀れむ気持ちを口にすると、その境界を踏み越えて憑いてくる存在もいるんだ。だからその場で『可哀想』って口にしてはいけないんだよ」
言葉には力があります。何気なく口にした言葉が、思いがけないところへ届くかもしれない。そう思わずにはいられない出来事でした。
【体験者:40代・女性パート、回答時期:2025年7月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:hiroko.S
4人を育てるママライター。20年以上、接客業に従事。離婚→シングルマザーからの再婚を経験し、ステップファミリーを築く。その経験を生かして、女性の人生の力になりたいと、ライター活動を開始。現在は、同業者や同世代の女性などにインタビューし、リアルな声を日々収集。接客業にまつわる話・結婚離婚、恋愛、スピリチュアルをテーマにコラムを執筆中。