入ったばかりの私に優しくしてくれる先輩
ガソリンスタンドで働いていた頃のこと。私はパートとして入ったばかりで、慣れない環境に戸惑う毎日でした。
そんな時に親切にしてくれたのが、年上のパートの加藤さん(仮名)。明るくて面倒見が良くて、どんな些細なことでも気にかけてくれる人でした。「分からないことがあったら何でも聞いてね」という言葉がどれほどありがたかったか、今でもよく覚えています。
信頼していた先輩からの相談は……
入社して2か月ほど経った頃のある日、加藤さんから「ちょっと相談があるんだけど」と声をかけられました。最初はシフト変更の相談かと思ったのですが、「時間を取って、ゆっくり話せる?」と言われ、次の休みの日に近くのカフェで会うことになりました。
当日。他愛のない世間話をしたあと、加藤さんが少しうつむきながら「それでね、相談なんだけど……」と切り出します。その顔をあげて口にした言葉に、私は耳を疑いました。
「あのさ、名義貸してくれない?」
忘れられない先輩の表情
一瞬、何を言われたのか分からず固まっている私に、「大丈夫だよ。貸してもらうだけで迷惑かけないから」と加藤さんは必死に言葉を重ねます。
その時の表情は、いつもの優しい先輩とはまるで別人。どこか追い詰められたような、黒い影を背負っているようにも見えました。
「すみません。さすがに名義は貸せないですよ……」私はそう断るしかありません。「そうだよね、あはは」と加藤さんは笑っていたけれど、その目は一切笑っていませんでした。
優しさの裏にあったもの
それから加藤さんは私を避けるようになり、やがて無断欠勤が増えて退職することになりました。
あとで店長から聞いたのは、加藤さんには多額の借金があり、色んな人に声をかけていたという話。最初は頼りになる先輩だったけれど、その裏には別の顔があったんだと知り、何とも言えない気持ちに。
「お世話になった人に頼まれたら、断りにくい」。もしかすると、加藤さんにそんな考えがあったのかもしれない。あの時、私が感情に流されずに断れたことは、本当に良かったと思っています。どんなに親しい人でも、踏み込んではいけない線がある。改めてそう感じた出来事でした。
【体験者:40代・女性パート、回答時期:2025年7月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:hiroko.S
4人を育てるママライター。20年以上、接客業に従事。離婚→シングルマザーからの再婚を経験し、ステップファミリーを築く。その経験を生かして、女性の人生の力になりたいと、ライター活動を開始。現在は、同業者や同世代の女性などにインタビューし、リアルな声を日々収集。接客業にまつわる話・結婚離婚、恋愛、スピリチュアルをテーマにコラムを執筆中。