クライアントさんのこだわり
出版社で働いていた頃の話です。打ち合わせでは必ず、来客用に飲み物を用意していました。コーヒーだったり緑茶だったり、その時々でさまざまです。
そんな飲み物について、クライアントの田原さん(仮名)が、ある日の打ち合わせ終わりにふと一言こう呟きました。
「今日は、コーン茶じゃないんだ」
どうやら田原さんは前回打ち合わせに出したコーン茶がお気に入りだった様子でした。
社内で密かに根付いた“コーン茶効果”
田原さんの言葉を聞き漏らさなかった私たちは、それ以降は親切心で田原さんにコーン茶を用意するようになりました。このようにクライアントの好みを察知しておくのも、円滑な仕事のためです。
田原さんに関しては、社内マニュアルにもひっそりと「コーン茶」という項目が加わっていました。一見冗談めいた話のようですが、現に田原さんとの場にコーン茶が用意されるだけで、打ち合わせの空気がふっと和み、進行もぐっとスムーズになっていたのです。
コーン茶不足が生んだ微妙な空気感
ある日のこと、そんな田原さんから急な打ち合わせ依頼が入りました。
翌日、田原さんは時間通りに来社。しかし、どこかぎこちない様子です。反応もいつもより薄く、結局話も噛み合わず、空気はぎこちなく終わってしまいました。
打ち合わせの終盤、田原さんが手元のお茶を見てぽつりと一言。
「今日は……コーン茶じゃないんですね」
その瞬間、場にいた全員が顔を見合わせて沈黙。あっ、やっぱりそれだったか。
実は急なアポイントだったこともあり、資料は準備できたものの、コーン茶が在庫切れだったのです。近くの店も売り切れで、仕方なくジャスミン茶を用意したことが原因でした。
二度と繰り返さない、教訓
それ以来、どんなに忙しくてもコーン茶の準備だけは最優先事項になりました。
月初の在庫チェックも、欠かさぬルーティン。いつ急なアポが来ても、あの沈黙と微妙な空気だけは、もう二度と繰り返さないための工夫です。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2024年10月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:miki.N
医療事務として7年間勤務。患者さんに日々向き合う中で、今度は言葉で人々を元気づけたいと出版社に転職。悩んでいた時に、ある記事に救われたことをきっかけに、「誰かの心に響く文章を書きたい」とライターの道へ進む。専門分野は、インタビューや旅、食、ファッション。