朝一番の、奇妙な電話
調剤薬局で働いていた頃のことです。ある朝、開店してすぐに1本の電話がかかってきました。受話器の向こうから、少し声変わりしかけた少年の声。
「清水(仮)を、クビにしてください」
一方的にそう言い放つと電話はブツッと切れてしまいます。ただ、私はすぐにピンときました。私の同僚である清水さんの、中学生になる息子さんです。
以前薬局に顔を見せたこともあるため、その声に聞き覚えがあったのです。念のため着信履歴を確認しても、やはり清水さんの自宅からの発信でした。
叱責の声が響いた休憩室
まもなく出勤してきた清水さんにその電話の件を伝えると、彼女は驚きと怒りをあらわにし、そのまま休憩室へ直行。
ロッカー越しに、「職場にそんな電話して恥ずかしくないの!?」と、怒鳴り声が響いてきました。
どうやら出勤前に親子でひと悶着あった勢いのまま、息子さんが電話をかけてきた様子。叱責のあと、少し疲れた表情で「もうね、ホントに難しい年頃……」とため息をつく清水さんに、私は「まぁまぁ、成長の証ってやつですね」と言ってなだめるしかありませんでした。
謝罪と、2つのプリン
その日の夕方。閉店準備をしていると、制服姿の男の子が薬局に入ってきました。手にはコンビニの袋に入ったプリンが2つ。ひとつは清水さんに、もうひとつは私に。
「朝は……ごめんなさい。迷惑かけました」そう少しうつむきながら謝る姿に、清水さんは苦笑混じりに「あんた、本当に何やってんのよ」と言い返しました。
しかし、その表情はどこかやわらぎ、目元が緩んでいるのがわかりました。親子のぎこちなさと優しさが交錯する瞬間でした。
閉店後の、忘れられない味
息子さんが帰った後、「息子さんなりに、謝りたかったんでしょうね」と私が言うと、清水さんは「まったく、手がかかるわ……でも、ありがとう」と静かに笑いました。薬局の閉店後、休憩室で一緒に食べたそのプリンの味は、今でも忘れられません。
ほろ苦さとほんのりした甘さが混ざり合い、まるで親子の葛藤と絆を映し出すような、そんな味わいでした。
【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2018月11月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:miki.N
医療事務として7年間勤務。患者さんに日々向き合う中で、今度は言葉で人々を元気づけたいと出版社に転職。悩んでいた時に、ある記事に救われたことをきっかけに、「誰かの心に響く文章を書きたい」とライターの道へ進む。専門分野は、インタビューや旅、食、ファッション。