頼れる先輩、和田さん
私が調剤薬局で新入社員として働いていた頃の話。教育係だった先輩事務員の和田さん(仮名)は、仕事の腕も人柄の良さも抜群で、誰からも信頼されていました。
私個人も仕事終わりにラーメンを食べに連れて行ってもらったり、休日には一緒に映画を観に行ったりと、上司と部下という立場を超えた親しい関係にあった和田さん。社会経験も少なく心細かった私にとって和田さんはもはや単なる先輩ではなく、心から信頼する大切な人でした。
本部異動の知らせ
ある日のこと。その和田さんに、本部異動の話が舞い込みました。
職場では祝福ムードが漂います。しかし私はどうしても喜べませんでした。ずっと一緒に働いてきた人がいなくなることが怖くて、子どもみたいに「私は反対です!」とすがってしまったのです。私の一言によって和田さんと私との間には気まずい空気が流れ、しばらくはぎこちない日々が続きました。
しかし、また後日のある日。和田さんから突然、「ごはん行かない?」のLINEが届いたのです。
あの気まずさが噓のような自然なお誘いに驚きつつ、私はすぐに「行きます!」と返信しました。
背中を押す番
いつもの焼き鳥屋でカウンターに並んで座った二人。和田さんはそこで静かに口を開きました。
「ほんとは、あんたに背中を押してほしかったんだよ」
その一言に、心の底から申し訳なさと悔しさが込み上げてきました。私はずっと自分のことでいっぱいいっぱいで、和田さんの気持ちに気づいていなかった。そして気づいたのです。今こそ、和田さんの背中を押すタイミングだと。次の瞬間には、自然と言葉がこぼれていました。
「和田さんがいたから、今の私がいます。これからは全力で応援します」
和田さんは少し照れたように笑ってくれました。
別れ際、私のポケットにそっと小さなメモを入れた和田さん。そこには「これからは、あんたが引っ張る番だよ」と書かれていたのです。
憧れから自分の成長へ
あれから数年が経った今でも、和田さんとは変わらずごはんに行く仲です。和田さんは、ずっと私の憧れの人。
和田さんとの出会いを経験して、私は「誰からも信頼される人になりたい」と強く思うようになりました。その思いは私自身の仕事への向き合い方や、人との関わり方に大きな影響を与えるきっかけになりました。
【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2020月5月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:miki.N
医療事務として7年間勤務。患者さんに日々向き合う中で、今度は言葉で人々を元気づけたいと出版社に転職。悩んでいた時に、ある記事に救われたことをきっかけに、「誰かの心に響く文章を書きたい」とライターの道へ進む。専門分野は、インタビューや旅、食、ファッション。