若手社員S君との悩ましい日常
不動産会社で働くAさんから聞いた話です。Aさんには、入社3年目の若手社員S君という後輩がいました。S君は声の大きさこそ人一倍ですが、仕事の正確さやスピードはいまひとつ。確認ミスや書類提出の遅れが多く、注意してもなかなか改善されませんでした。そのうえ、その場しのぎの返事ばかりで、誠意が感じられないこともしばしば。
さらに、仕事が終わっていないにもかかわらず、さっさと帰るS君の仕事をAさんがフォローすることも日常茶飯事。「残業はダサいっすよ!」と笑い飛ばす姿に、Aさんは頭を抱えていました。
ノルマゼロでも笑顔全開
月に一度行われる「月間ノルマ報告会議」でも、S君の成果はゼロ。それでも本人は「気合いがあれば俺なら大丈夫っす!」と笑顔で答えていました。
しかし、会社としてはいつまでも楽観視できず、Aさんは面談の場で「そろそろ結果を出そう」と促しました。するとS君は「たまたま運が悪いみたいで!」と、相変わらずの超ポジティブな発言。Aさんは思わず苦笑しつつも、どこか憎めない気持ちを抱いていました。
同い年のライバル登場
そんな中、中途採用でS君と同い年のI君が入社してきました。営業経験のあるI君は、即戦力として次々と契約を獲得していきました。
「I君、マジでデキるっすね~」と、S君はいつもの調子で声をかけていましたが、その笑顔はどこかぎこちなく、目が笑っていませんでした。休憩中も、周囲がI君の成果を称えるたびに、S君はスマホをいじるふりをしながら聞き耳をたて、目線は焦点が合っていない様子。「心ここにあらず」という状態です。
そんなある日、S君があっさりと打ちのめされる出来事が起こるのです。
その一言が変えた、若手社員の姿勢
先輩ぶって「焦らずいこう」と声をかけたS君に、I君がきょとんとした顔で一言。
「僕、焦ってるのはSさんの方だと思ってました」
その瞬間、場の空気がふっと止まったような沈黙が流れました。あとからAさんが聞いたところ、I君はその時まったく悪気はなかったそうですが、S君はなにも言い返せず、目をそらしたままそっとその場を離れていきました。
その日を境に、S君の姿勢は少しずつ変わっていきました。毎日の積み重ねの中で、やがて契約も取れるようになりました。あの一言が、S君の意識を静かに変えたのかもしれません。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2024月3月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
EPライター:miki.N
医療事務として7年間勤務。患者さんに日々向き合う中で、今度は言葉で人々を元気づけたいと出版社に転職。悩んでいた時に、ある記事に救われたことをきっかけに、「誰かの心に響く文章を書きたい」とライターの道へ進む。専門分野は、インタビューや旅、食、ファッション。