戦時下で経験した飢えと恐怖
映画『ローマの休日』で知られる女優、オードリー・ヘプバーンは、第二次世界大戦中、ナチス占領下のオランダで幼少期を過ごしました。オードリーの長男であるショーン・ヘプバーン・ファーラーと、共著者のウェンディ・ホールデンは、公認伝記『Intimate Audrey』の中で、亡き名女優がスターの座へと上り詰めるまでの道のりを振り返り、特に第二次世界大戦中、10代の頃の体験を詳述しています。

彼女は実際に餓死寸前の状態に陥っただけでなく、自分の人生から近隣の人々が次々と消え去っていく様を目の当たりにしました。
本書では、彼女の次のような言葉が引用されています。「それは最悪の恐怖でした。小さな子供や赤ん坊を連れた家族が、上部にわずかな隙間があるだけの大きな木製貨車の列へと追い立てられていくのを目にしました。その隙間からは、数え切れないほどの顔がこちらを覗き見ていたのです。そしてプラットフォーム上では、兵士たちが、粗末な荷物を抱え、幼い子供を連れたユダヤ人家族をさらに追い立てていました」
飢餓体験が人生観にも影響
オードリーはたとえ自分にとって辛い状況であっても、他者の話に耳を傾ける時間を大切にしていました。1946年、アムステルダムで暮らしていた頃のことです。ある出版社に勤める近所の編集者が、当時17歳だった彼女に、ある少女について書かれた本の草稿を見せました。その本は当時『隠れ家(The Secret Annex)』という題名でしたが、後にアンネ・フランクの『アンネの日記』として知られることになります。
フランクの日記を読むことがヘプバーンにどれほど深い感動を与えたか、当時は誰も知る由もありませんでしたが、その体験は彼女の心に強烈な衝撃を刻み込みました。後に『マイ・フェア・レディ』で知られることになる彼女は、息子のショーンにこう語っています。
「彼女(アンネ・フランク)は、私が経験し、感じたことのすべてを書き記していたのよ。」戦争を経験した世代が少なくなる中、オードリーの人生は、平和の大切さや子どもたちを守ることの重要性をあらためて考えさせるものとなっています。
Photo: Aflo

