世界に羽ばたく日本のファッション関係者をスナップ。さまざまなカタチで海外のファッションに携わる日本人の方を紹介するこの企画。

今回お話を聞いたのはドイツの首都・ベルリンでオンラインをメインに展開するヴィンテージショップNo space yetディレクターの春花さんです。

春花さんはビジネスパートナーのサブリナさんと共に共同プロジェクトのひとつとして始動したNo space yetで、ヴィンテージのお洋服の買い付けやアートディレクションなどのヴィジュアル面を担当しています。ベルリン南西エリアに位置する春花さんのご自宅兼アトリエに伺い、春花さんの定番である重ね着コーディネートを紹介してもらいながらNo space yetの活動について教えてもらいました。

No space yetの活動

No space yetは私の友人でありビジネスパートナーでもあるサブリナとの共同プロジェクトです。私たちは以前から週に2回ほど自宅で映画鑑賞をして、作品に合わせた美味しいごはんを作ったりワインをセレクトしたりと特別なテーマを持った過ごし方を楽しんでいました。そのなかで「コンセプトを持つことで日常の一コマがさらに心地よいものになること」に注目し、人々にとって心地よいと思える衣食住とはどのようなものであるかを私たちのカタチで表現してみたいと思ったのです。No space yetは古着を売るためだけに立ち上げたのではなく、これからの活動につながるプロジェクトの第一弾です。

No space yetの最初のステップ

No Space Yetを始める直接のきっかけとなったのは知り合いに頼まれてベルリンのクラブイベントの受付として夜から朝まで働いていた時のことでした。主催者の方が私の着ていたレオパード柄のファーコートを気に入って、とても褒めてくれたのです。イベントの終わりがけに冗談半分で「これ、いくらだったら買う?」と聞いてみたらなんと意外にも興味を持ってもらえて。軽いやりとりのつもりでしたが、最終的には私が提案した50ユーロで譲ることになりました。その場で一部始終を見ていたサブリナが「これはビジネスにするべきだよ!」と私のセンスを信じて背中を押してくれたこともあり、No space yetの最初のステップが見えた気がします。

もともと服飾の専門学校に通っていた私はいろいろなものを集める癖がありました。フリーマーケットに張り付いてお宝を探すことが大好きで、とにかくすごい量の楽しいアイテムを持っていたのです。一方サブリナはビッグメゾンで勤務していたバックグラウンドを持ち、ファッションの裏方の仕事についてよく知っていました。ファッションは私たちの共通のトピックなのでプロジェクトの初めの一歩として世の中に知ってもらうカタチとしてピッタリでした。

羊毛のニットは今年チリに旅行した際にハンドメイドのアイテムを扱うローカルなお土産屋さんで購入しました。今までニットは私に似合わないと思ってあんまり着ていなかったのですが、このニットと出会ったことをきっかけに最近よく着るようになりました。ニットの下にはロンドンで見つけたタンパベイ・バッカニアーズのアメフトTを合わせました。パンツは10年前に購入してから毎日のように着るほどお気に入りのプリーツ プリーズ イッセイ ミヤケ。だんだんプリーツが伸びてきたので自分でカットしてサイズを調整しました。スカートはサブリナがアメリカで買い付けてきてくれたもの。「こんなスカート欲しかった!」と一目で気に入ってしまい、譲ってもらいました。

自分自身と向き合って見つけた自分らしさ

高校を卒業した後、服飾の専門学校に通いました。その当時は服が超好きというわけではなかったものの、とにかく大学には行きたくなくて進路を決める過程でなんとなくピンと来た服飾を選んだのです。いざ通ってみると学ぶことがたくさんあり意味のある経験でしたが、ファッション関連で就職することにあまりしっくりこなくて専門学校を卒業後に一旦自分の置かれる環境を離れて海外へ行くことを決めました。「行ってどうするの?何をするの?」と周りの人には何百回と聞かれたけれど、自分でもわからないままロンドンに渡りました。ロンドンに来たばかりの頃はずっと一人で過ごしていたので自分自身にとことん向き合う時間があり、そのなかで自分が好きなものや心地よいと感じるものがわかるようになったと思います。

当時の私はロンドンの何もかもが大好きでした。街を歩いている人がとにかくオシャレで新鮮。拠点を置いていたイーストロンドンのごちゃごちゃしてアンダーグラウンドな雰囲気もすごく楽しかったです。

ビザの関係でロンドンを離れる頃、友達に「ベルリンはロンドンの20年前みたいな感じだよ」と言われたことがきっかけでベルリンに興味を持ち、しばらくベルリンで過ごすことになりました。しかしロンドンが大好きだった私はベルリンのファッションカルチャーがあんまり好きになれなかったのです。最近はベルリンでも多様なファッションが見られるようになってきましたが、私がベルリンに来たばかりの6年前はオシャレな子はみんなテクノミュージック系でダイバーシティーがないと感じていました。

最初はあまりいい印象を持っていなかったベルリンですが、瞬きをしたら数年が経っていたという感じです(笑)。その理由を考えてみると、スローな私でもプレッシャーを感じずにいられる街の雰囲気が心地よかったのだと思います。ベルリンは型から外れた人々の巣窟のような面を持っています。みんながそれぞれ自分なりの意見や流儀を持っていて、それを堂々と表現することが許されている場所なのではないかなと思います。そしていろいろな知識、経験、トラウマを持っている人はみんな他者の意見に耳を傾けることができる。だからどんな人でも「いいんだよ、それで」と言ってもらえるし、相手をジャッジすることもないのではないでしょうか。

東京にいたときもロンドンにいたときも実は常にプレッシャーを感じていて「何かをしなきゃいけない」「何かにならなくてはならない」と思い込んでいた私にとってベルリンは「ここだ!」とハマった感じがしました。

ニットビスチェは友人の手作り。黄色いハーフスリーブニットはベルリン・クロイツベルク地区にあるヴィンテージショップのポップアップで購入しました。サイズ感がちょうど良いし、ふわふわしたモヘアの質感が可愛くて気に入っています。ベルトはベルリン・アルコナープラッツの蚤の市で見つけました。パンツは10年前に購入したパメオポーズのものです。

商品の背景を知ってもらうこと

長くカフェでバリスタの仕事をしていたためNo space yetはオンラインのみで少しずつ活動していましたがベルリン・アルコナープラッツの蚤の市に店舗として出店した時にやるべきことが具体的に見えてきて、カフェを辞めた2021年から本格的に活動することにしました。アルコナープラッツはドイツの中でも最も古い蚤の市のひとつで、洗練されたディーラーが多く出店している場所です。そのためお客さんもいいものを買いたいと思って訪れている方が多く、商品の背景や価値を伝えたいと思っていた私たちにピッタリでした。

No space yetの強みは、私たちのコンセプトに共感してくれる方がたくさんいることです。ドイツは倹約家が多く、事前知識がないと高い服を購入することにかなり抵抗感を持つ人も多いですがその反面、物の価値を大切にする人が多いということでもあります。私たちはただ古着を売るのではなく、お客さんに商品の背景を知ってもらうことでアイテムひとつひとつがさらに心地よくて愛おしいものになると感じて欲しいのです。だからこそ私たちの商品に興味を持って「どうしてこの値段なの?」「これはデザイナーズブランドなの?」と聞いてくれる方にはとことん説明しています。

私が持っている意見を共感して評価してくれる方がいたことでNo space yetをやっていることに実感が持てたし、私自身も楽しめるようになったと感じます。本格的な活動を始めたばかりの今、時間があるからこそひとりひとりとしっかり向き合っていく機会を大切にしたいと思っています。

10代の時に買ったGAPのリブタートルネックを自分でカットしてリメイクしました。端をヒラヒラさせて、私的にちょっとベルリンっぽいイメージです。このリメイクテクニックには超ハマっていてアームウォーマー、帽子なども作ったりしています。レイヤーしているキャミワンピはMM6です。素材やモタっと落ちる質感がすごく好きでよく着ています。黄色いシルクスカートは、ベルリン・フリードリッヒスハイン地区のヴィンテージショップで見つけた80年代のペンシルパンツをリメイクしました。柄は好きだけど形がしっくりこなくてずっと穿いていなかったのですが、リメイクした後はパーティーやディナーなどのちょっとドレスアップしたい時に来ています。ヴィンテージのセリーヌのサボに合わせた靴下は日本のルーズソックスです!

人間味のある空間を作りたい

私たちのプロジェクトの長期的な目標はパブリックリビングルームを作ること。お洋服を買うだけの場所ではなくワインを飲んだり、映画やイベントも体験できる、五感の全てを満たすような空間を作ってみたいのです。私自身が感覚に繊細で、気候やノイズ、食べているものに受ける影響に敏感なので人々が心地よいと感じられるものにこだわりを持っています。

デートのように予定を立てていく場所ではなく、日常のどんなタイミングでもふらっと立ち寄れるような空間になればいいなと思っています。

あと、カフェは絶対に併設したいですね。実家がカフェを経営しているので昔からコーヒーとトーストの香りで朝起きていました。私自身がバリスタをしていたのもコーヒーが好きだからだし、カフェを通していろんな人に出会えるというのも楽しい。実はサブリナともカフェで会いました。

おわり

今回のインタビューで訪れた春花さんのご自宅兼アトリエはフィッティングや商品のビューイングなどでお客さんも訪れる場所だそうです。そこは一歩踏み入れた瞬間からまるで異世界のようでした。絨毯張りの長い廊下を抜けた先に見える広々としたアトリエスペースには温かみを感じるこだわりのヴィンテージ家具がセンスよく配置され、まるで映画のような空間。心地よいと思える空間を作り出すことで毎日の生活が特別になるというNo space yetのコンセプトにもリンクしていると感じました。

「狭いところが苦手だからベルリンにいるのかも。フェアな値段でこれだけの空間が手に入るなんて他の都市ではなかなか考えられないですよね。」

ベルリンの魅力を語る春花さん。大好きだったロンドンでの生活を経て、ベルリンでの暮らしの中でも自身の心地よい環境を作り出す姿勢が印象的でした。