世界で活躍する日本のオシャレアイコンたちを発掘――そんなコンセプトのもと、さまざまなカタチで海外のファッションに携わる日本人の方を紹介する新連載をスタートします。
第1回目となる今回、お話を聞いたのはドイツの首都・ベルリンのセレクトショップCHI&COのオーナーである千恵子さんです。
CHI&COはセンスの良いカフェやショップが立ち並ぶベルリン・ミッテ地区の中でもひときわ強い存在感を放つ、プレイフルなセレクションのお店です。新着アイテムがずらりと並ぶお店に伺い、千恵子さんのお気に入りのコーディネートを紹介してもらいながら彼女の「スキ」がどのようにお店づくりにつながっているのか聞きました。
Linien通りに店舗を構えるCHI&CO。大きなガラス張りの入り口が特徴です。オーナーの千恵子さんいわく、かねてから気になっていたショップの跡地に奇跡的にお店を構えることができたそうです。行き交う人々の目を惹く色鮮やかな春物のディスプレーが印象的でした。
流れと勢いに任せてベルリンへ
ベルリンでお店を開いたのは、流れに身を任せた結果なんです。そもそもファッションに携わるきっかけはベルリンの前に住んでいたイタリア・ベネツィアの郊外にある、お姑さんが営むセレクトショップで一緒に働かせてもらったことでした。私は結婚を機にイタリアに住むことになったのですが、当時はイタリア語が話せなかったので現地での仕事が見つからず。何もできないと落ち込んでいた私にお姑さんが一緒に働こうと提案してくれたおかげで今の私がいます。
イタリアで働くことに慣れて常連のお客さんにも覚えてもらえた頃に妊娠、出産をして産休を取ることになりました。産休後、いざお店に戻ってみると商品が全く入れ替わり、知らないお客さんや同僚が増えていて、なんだか自分だけ取り残されたような気分になってしまいました。焦りを感じながらも産休前と比べて仕事ができない気がするし、だんだんと自分のスタイルにも自信を失ってしまい、次第にお店に行くことが苦痛になってしまいました。それから半年後、お姑さんに退職の相談をすると「せっかくここまで成長したのに辞めてしまうのはもったいないから、自分のお店を開けば?」と提案してくれました。
そんな選択肢もあるなとぼんやり考えているなか「お店を開くなら、費用が安く済むベルリンだな」と思い立ち、旅行と視察を兼ねてベルリンに行きました。ヨーロッパの大きな都市の中で比較的物価の安いベルリンは自分のお店を開くための現実的な候補地になると思ったのです。また、かねてから型にはまらないベルリンの雰囲気や周りの人を気にしないラフなスタイルがいいなと思っていたというのもあります。それが2017年9月のことですが、旅行から4ヶ月後の2018年1月にはもうベルリンに引っ越すことになりました。流れと勢いに任せてベルリンに来たのでイタリアから逃げた気がしてあまり清々しい気分ではなかった反面、自分がどこまでできるのか挑戦することが楽しみでもありました。
リネン素材のジャケットは中国ブランドJNBYのものです。さらりとした素材感と絶妙な袖丈で垢抜けた印象のスタイリングができるため気に入っています。黒いタンクトップとシルクのスカートはヴィンテージで、スカートの下に穿いているフレアスラックスはmbyMのものです。裾にスリットが入っていて足がすらっと綺麗に見えます。トップスがオーバーサイズでもクロップド丈でもキチンと決まる、着回しやすいアイテムです。
自分の「スキ」を信じる
お店に置くものは基本的に私の直感で「これ可愛いな!」と思ったものです。そういうアイテムは出会った瞬間にズキュン!とくるのですぐにわかるんです。お店を始めたばかりの頃はいろいろなお客さんのニーズを考えてベーシックなアイテムを入れたりもしていましたが、コロナ以降はそういった守りの姿勢をきっぱりやめました。好きじゃないと売れない。自分が好きなものを売りたいので自分の直感を信じてアイテムを入れるようにしています。
とはいえ第三者の意見も大切にしています。直感ってどうしても理想の世界になるので、実際に着てみるとどうなんだろう?と現実に落とし込んで考える必要があるからです。従業員の子と一緒に展示会に行くことも多いです。本気で意見を交換するので、時には衝突して喧嘩みたいになることも(笑)。それほどまでに展示会の機会を真剣に捉えています。
ベルリンにはいろいろな国の方がいるので一概には言えませんが、ジャンダーレスなお買い物のスタイルは特徴の一つかもしれません。同じヨーロッパでもイタリアと比べて顕著な違いがある気がします。特に若い子はメンズ、ウィメンズを気にしないで買い物する方も多いですし、自分が好きなら着こなしちゃうという強さがあり、接客していて楽しいです。流行にはそれなりに乗りますが、自分にはこの形が似合う、この色が好きだ、このスタイルがいい、というふうに自分の好みを重視する方も多いです。
コーディネートのメインはJNBYのコットンベスト。スリーブのないトップスはインパクトのある柄もすっきり着られるので最近ハマっています。寒暖差の大きいベルリンの気候にも合っているので、そういった面でも重宝しています。中に着ているのはColorful StandardのロンT。ユニックスなので私も夫も着られるし一石二鳥です。パンツはデンマークの国民的ブランドMads Nørgaardのフレアレギンスです。シルエットが細めなので、長めのトップスやスカートの下に履いてレイヤリングを楽しむことができます。着脱が楽チンなスリッポンシューズはCamperのものです。
コンプレックスをきっかけに見えたこと
そもそもベルリンは寒暖差が激しいので重ね着をすることが多い環境ではありますが、私自身にとって重ね着のアイディアが生まれるのはコンプレックスをカバーしたい時。足を出したくないけれど着丈が短すぎる、腕はカバーしたいけれどスリーブがない……そういったアイテムを活かすために日々模索しています。コンプレックスは隠したいけれど隠しているのは見せたくないのでバランスがすごく重要です。
若い頃はコンプレックスなんて気にしないで何でも着る勇気を持ちたいと思い、得意ではないアイテムをいろいろ試していたこともありますが、結局年を重ねて気づいたのは着ていて心地よいアイテムのほうが長く愛用できるということです。
日本にいた時はファッションをお仕事にしたことはなく、証券会社で営業職をしていました。営業にはノルマがあり当時の私は「売れる」=お客さんに好かれることだと思い、お客さんにその商品が合っているかよりもお客さんにどうやって好かれるかばかり考えていました。
ショップの接客ではお客さんの体型や着ている服に注意を払うことで「この人だったらこれが似合うかな」とシミュレーションできるようになり、提案しなきゃ!ではなく提案したい!と感じるようになりました。お客さんのスタイルを踏まえた上で何を望んでいるのか、そして私は何を提案したいのか明確にすることで最終的に長く愛用してもらえるようなアイテムを提案できるのだと気づいたのです。本気でお客さんのことを思って提案するからこそ、好意と信頼を獲得するのだと学びました。これが私のお店の方針で「仕事を楽しむ」ことが基本にあります。
さまざまなファッションのスタイルを勉強するなかで一番助けてもらったのはファッションブロガーやストリートスナップのウェブサイトです。トレンドやカテゴリーに偏らず海外スナップの写真をいっぱい見るうちに独自の感性を培うことができました。もともと街の人々のファッションを見ることが好きだったので、たくさん数を見て吸収するというやり方が私には向いていたのかもしれません。
ロンTと重ね着しているタンクトップはともにスウェーデンブランドHopeです。ベーシックだけどやみつきになる形で、濃いグレーの色合いも絶妙です。タンクトップは厚みのある生地なのでロンTのみならずブラウスに重ねたり、着回しにぴったり。パンツはMads Nørgaardの定番の型です。厚みのあるスニーカーを探し求めている時に出会ったAxel Arigatoは私の大ヒットアイテム。足のコンプレックスを忘れられるし、とにかく履き心地が良いので立ち仕事の心強い相棒です。
去年までカラフルなものばかり着ていたのですが最近はモノトーンやワントーンの潔さに惹かれています。モノトーンだとどうしても守りのコーディネートになってしまうのですが、逆にアクセサリーや小物でインパクトのあるものを取り入れられるのでそれを楽しもうと思っています。キャップはパンツと同じくMads Nørgaardです。サンクラスはA. Kjærbede。お手頃価格なので大胆なデザインでも気軽に挑戦できるしオススメです。ネックレスはMM6とドイツブランドのSaskia Diezを重ね付けしています。Saskia Diezのチェーンネックレスは従業員の子から誕生日祝いにもらいました。長さ調整が可能で他のネックレスとの重ね付けもしやすくてお気に入りです。
サステイナブル、生産にこだわりのあるブランドを積極的に
CHI&COのコンセプトは愛着を持って長く着られる、とっておきの1着を見つけてもらうことです。デザインだけではなく、生産の背景にあるストーリーを感じられるアイテムを入れるようにしています。
コロナのロックダウン中、店舗営業を休止せざるを得ない状況でかなりの量の在庫が余ってしまいました。それなのに新しいシーズンになったらまたたくさんお洋服をオーダーしなくてはならない。大量に生産して、みんながそれに合わせて購入するという社会のシステムがあるからです。私ひとりでシステムそのものを変えることは難しくても、長く着られるタイムレスなデザインや環境に配慮したサステイナブルなブランドのアイテムを積極的にお店に入れることで少しでもこの問題に関与したいと思いました。
たとえば、私が身につけているピアスはベルリンにアトリエがあるハンドメイドのジュエリーブランドPulvaJewelryのものです。CHI&CO別注のオバール型で甘すぎないフープリングを作りました。環境に対してとてもケアしているブランドで認証された高品質のリサイクルシルバーのみを使用しています。デザイナーの温かみを感じられるアイテムです。
再生繊維やリサイクル生地でお洋服を作ることにも興味があります。先日も生地の見本市に行き、リネンとコットンの再生繊維を作っているリトアニアのブランドを見つけました。今はテキスタイルをしてくれる工場を探しているので、ベルリンのデザイナーとコラボレーションしてお店のオリジナルアイテムを作りたいと思っています!私自身も歳を重ねて、いっぱい服が欲しいというよりも長く着られる一点モノが欲しいなと思うようになっているので一生大事にして、できれば次の世代に引き継ぎたくなるようなアイテムを取り扱いたいと思っています。唯一無二のものを手に入れることって特別な気分になれると思うんです。
おわり
インタビューの準備中、ふとガラスドアの外に目を向かわせた千恵子さんが「あ!あの子は近所のカフェの店員さんでいつも可愛いからスナップを撮らせてもらってるんですよ。」と嬉しそうに教えてくれました。
確かなセンスを持ちながらも周囲の人々が発信する物事を柔軟にキャッチする、その反応力は千恵子さんの魅力のひとつです。2018年にお店をオープンして5年。千恵子さんとともに発展したCHI&COは彼女の「可愛い」と「スキ」が思いっきり伝わる一軍アイテムで構成されています。ひとつずつ手にとって眺めてみたくなるようなものばかりで、ありふれたアイテムはひとつもありません。それは「好きじゃないと売れない」という彼女の言葉を体現するような特別な空間でした。