私がホテルで働いていた時の出来事です。セミナー講師を招いてのイベント直前に発生した、頼んでいたものが当日になって届かないという花材トラブル……。それが後に人生を変えるきっかけとなったエピソードをご紹介します。

準備万端だったはずのセミナー企画

私がホテルの商品企画部で働いていた頃、女性向けのセミナープランを担当していました。
メイクやテーブルコーディネート、カラー診断など、毎回著名な講師を招く企画で、準備にも当日の運営にも細心の注意を払って進めます。

フラワーアレンジメントをテーマにした回では、講師と何度も打ち合わせを重ね、花材の発注も完了。「今回もお客様に喜んでいただける」とホッとした矢先、開催1週間前に突如トラブルが発生! オランダから輸入予定だった主要花材の一つが、害虫発生により輸入禁止になったのです。
他に入手ルートもなく、私は血の気が引いていくのを感じました。

想定外の厳しい反応

すぐに講師に事情を説明し、代わりの花材での対応をお願いしたところ、返ってきたのは想像以上に厳しい言葉でした。

「その花がなくてはテーマは成立しません。やれと言われればやりますが……それはそちらのお客様のレベルの問題です!」

突き放すような口調に、私は返す言葉が見つかりません。
後日代替リストは届いたものの、もやもやした気持ちのまま当日を迎えることになったのです。お客様が楽しめなかったらどうしよう、講師がご立腹のままだったら……そればかり考えていました。

講師が魅せたプロの仕事

しかし当日は私の不安をよそに、講師はまるで花材トラブルなどなかったかのように、終始にこやかにデモンストレーションを行なっていました。会場には次々と見事な作品が並び、お客様の表情は満足そのもの。私は胸をなでおろしたのです。

講師のプロとしての仕事ぶりに感服すると同時に、あの厳しい言葉の意味が最後までわからず、胸の奥に小さな棘のように残り続けました。

もやもやが開いた新しい扉

この出来事をきっかけに、私はフラワーデザインを学び始めました。やがて専門学校で教えるようになった頃、あの時の講師の言葉は、単に花の形や美しさだけでなく、アレンジメントの時代背景までを考慮してのものだったとわかりました。

もちろん、生ものを扱う以上「絶対」はありません。それでも、あの日のもやもやが私の背中を押し、新しい道を切り拓く原動力となったのは間違いありません。今では、あの厳しい一言に心から感謝しています。

【体験者:60代・会社員、回答時期:2025年9月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:Sachiko.G 
コールセンターやホテル、秘書、専門学校講師を歴任。いずれも多くの人と関わる仕事で、その際に出会った人や出来事を起点にライター活動をスタート。現在は働く人へのリサーチをメインフィールドに、働き方に関するコラムを執筆。