「かけがえのないご縁。絶対に手放してはならない」決意と模索
植原さんが23年間在籍したハイエンドセレクトショップの『ストラスブルゴ(STRASBURGO)』。ウィメンズエグゼクティブ スーパーバイザーとして、世界中のコレクションや展示会での買い付け・来日デザイナーとの商談・シーズンディレクションなどをこなすかたわら、青山店や銀座店の店長も兼任し活躍していました。しかし2020年11月、運営会社のリデアが民事再生法を申請し、植原さんは2021年に独立を決意。自分がこれから何をなすべきなのか、できることは何なのかを徹底的に考え抜いたといいます。
ファッションでお客さまの人生の役に立ちたい!
「私は常に『社会の、人の役に立ちたい』と思って仕事に臨んでいますが、独立にあたってまず最初に思い当たったのが『ファッションは本当に人の役に立つのだろうか?』という疑念。確かに衣食住の1要素ではありますが、ファッションにお金をかけることは必須事項ではないし、時には無駄づかいのようにとらえられることも。しかし私のお客さまはみな、医師・弁護士・企業経営者といった、堅い業界に身を置きながら、ファッションのクリエイティブな要素を愛し、おしゃれに装うことで人の記憶に残り、楽しみながらご自身のブランディングに成功している稀有な方ばかり。厳しい社会のなかで、毎日悪戦苦闘しながらも頑張っている人々のためにファッションは存在しますし、私はそのお手伝いを続けるべきだと考えました。ファッションをご自身のために活用できる方は、社会的にも経済的にも成功を収めます。20年以上にわたって信頼関係を築いてきたかけがえのないご縁を手放してしまうことは、絶対にできないと考えました」
引き続き顧客の応援団長であるべく、ファッションによる社会貢献を目指して自身の会社『NORH Co., Ltd.』を設立した植原さん。委託販売やショッピング同行などさまざまなアプローチを試みた結果「やはり自分が買い付けなければ!」という結論を得て、店舗を持たないセレクトショップという業態に挑戦してみているそう。
「さまざまなブランドのアイテムをミックスして着るのがお客さまのリアルですし、各々に似合う着こなし方やスタイリングは違います。委託に頼った品ぞろえやお買い物同行だけではかえってサービスの質を落としてしまい、絶対に上手くいかないと気づきました。幸い私にはバイヤーとスタイルアドバイザー、両方の実績があります。多少のリスクを背負ってでも、お客さまひとりひとりが理想とする女性像を考え、それに引き寄せて私自身が買い付けを行い、スタイル提案をする必要がある。そうすればブランドが複数あってもまとまるし、お客さまの実生活に合わせた実践的なアドバイスができると考えました」
3ステップで自分らしいスタイルを確立! 『THE SALON』でやっていること
『THE SALON』では、セレクトショップのスタイルをゆるやかに踏襲しながら、バイヤーと販売員のダブルスキルを持つ植原さんならではの独自のアプローチで、顧客のためのイメージディレクションを実践しています。
「まず最初にじっくりとカウンセリングのお時間をいただきます。アンケートをお送りし、普段どういう場でどういう方と接しているのか、お客さまのライフスタイルをなるべく詳しくお伺いすることで、その中でファッションがどういう効果を持つかを考察します」
「次に行うのがパーソナルスタイルディレクション。カウンセリングの結果、ご自身が気づいていない潜んだ魅力を引き出しつつ、その方が目指すべき最終ゴールとなる未来の女性像を提示します」
「そのうえで、理想像に到達するため、日々のスタイリングをご自身で実践いただくため、パーソナルスタイルフォーキャストを行います。今シーズンにフォーカスし、スナップ写真などを用いたオリジナルスタイリングカードを作って提示し、実際に私が買い付けたおすすめのワードローブをお見せして、ご試着いただきながら購入するアイテムを選んでいただきます。トレンドを考慮しながら、お客さまに合う着こなしやスタイリング方法も伝授します。最初にイメージを明示することで『買ったはいいが、手持ちのワードローブと合わせて日々どう着ていいかわからない』『最初は可愛いと思ったが、なんか違う』といったミスマッチを丁寧になくしていくんです」
ファッションビジネスが抱える問題解決につながる、2つの観点
店舗を持たず、顧客ひとりひとりのためにカスタマイズした緻密なサービスを提供する『THE SALON』独自のアプローチが生まれた背景には、ファッション業界が陥っているジレンマを克服したいという強い思いがあったそう。
ファッションビジネスをなるべく楽しく、持続可能なものにしたい
「特にセレクトショップ形式のファッションビジネスにいえることですが、店舗運営にかかるコストに対して利益率が低すぎ、非常にリスクが高いんです。実店舗を構える場合、お客さまが来る日も来ない日も、一等地に(家賃)、一流のスタッフをそろえ(人件費)、豊富な品ぞろえ(質・数・SKUを担保した在庫)をホールドしてスタンバイしていなければならず、飽きられないよう改装なども重ねていたらあっという間にコストが膨らんでしまいます。撤退するにも資金と勇気が必要。人気ブランドのプレタポルテを店頭に置くだけでお客さまが集まり、売れていた時代はよかったと思いますが、現在はオーバーストア状態でもあり、さまざまな観点からシステムの限界がきてしまっていると思います」
「少し先の未来も予測できないこの不安定な世界のなかで生き残っていくためには、時代の変化に合わせてうまく形を変えていけるように、身軽に柔軟に変容できるよう、事業の体制を構えておく必要があると思っています。もちろん『THE SALON』の今のスタイルが最適解かどうかはわかりませんが、無理のない必然的なあり方を常に模索していたい。今、ファッションビジネスには新しいベクトルが必要だと思うのです」
次々に誕生するクリエイターをサポートし、顧客との絆を育みたい
ハイブランドかそれ以外か。二極化するファッションマーケットにあって、植原さんは、かつて市場にエネルギーを与えていた“中間層”にあたるブランドが行き場を失っている現状を問題視。セレクトショップの衰退が一因となり、新しいブランドが消費者に注目される機会が減っているといいます。
「ものづくり手法の多様化やSNSの発達を通じて、非常に才能あふれる若いクリエイターらが次から次に誕生していますが、彼らの存在や作品をエンドユーザーに届ける“受け皿”が圧倒的に不足しているのを感じます。『THE SALON』では、そういうフレッシュな才能を感度の高いお客さまに対してキュレーションしていく場でありたいと思っています」
植原さんが日本総代理店を務めているデザイナーズジュエリーブランドのひとつ『サイモン・アルカンタラ(Simon Alcantala)』は、デザイナー本人を招聘したトランクショーを定期的に開催して顧客を招待。時には食事をともにして交流を深めているそう。
「お客さまとクリエイターの距離をなるべく近く保っておきたいんです。人間と人間の交流や絆を大切に育んでいきたい。相互に信頼関係を築くことで、デザイナーは作品に込めた自分の思いを顧客に直接届けられるし、お客さまも購入した作品に愛着を持ちながら大切に身につけ続けることができます。お互いにとって非常に有意義な体験だと思うんです」
ファッションを駆使して、自分だけのメロディを奏でてほしい
「自信を持って素敵に装っている人が登場すると『あの人、とっても素敵!』と視線を惹きつけ、あっという間にその場を支配するムードメーカーになりますよね。私のお客さまにはそういう人であってほしいんです。同じ効果を持つ要素として、よく音楽(BGM)や香り(パフューム)にたとえています。一気に場の空気を変えてしまうくらいの強力なパワーを持つファッションを駆使して、ご自身で自分らしいメロディーを楽しみながら奏でられるような『完全な自由』を手に入れることを最終ゴールにしていただきたい。私がそのお手伝いをします。それが私なりのお客さまに対する愛だし、私が担うべき役割だと思っています」
自分にとってのバリューを本質的に問う時代の到来
圧倒的スターやスタイルアイコンに憧れて“追従買い”をするのではなく、これからは自分を中央に据えたワードローブをそろえ、着こなしを楽しんでほしいと植原さんは訴えます。
「SNSのタイムラインに次々に現れる投稿を眺めていると、他人への嫉妬心や負の感情が芽生えてどんどん流され、不安をかき立てられてものすごく危険な状態に追い込まれることがままあります。そうしたカオスな世界を生き延びるためには、自分軸をしっかりと持ち、自身を愛して自分らしい価値観をいかに築くかが絶対に必要な課題だと思います。どなたでも人はひとりひとり、ご自身が気づいていない魅力をたくさんお持ちですから、ファッションが自分発見のツールであってほしい。ひとりで考えるには限界があると思うので、私をぜひ上手く使っていただきたいんです。お客さまを主軸に、時代の空気やトレンド感を惹きつけたご提案をします。ご自身が輝くためのお買い物をして、素敵に装い、自信を持って人生を楽しんでいただきたいです」
『ストラスブルゴ』時代、「リデアは、クリエイティブにたくましくこの世を生きていこうとする戦士たちのためのファッションを提案する会社。クォリティとバリューを備えた服をていねいに楽しむ聡明なお客さまのための店だから、それを念頭に置いた仕事を心がけなさい」という創業者の故・田島淳滋さんによる教えを信条に、自身の事業を営む植原さん。2025年から海外での現地買い付けを再開し、今はパリへと旅立っています。多様な経験とスキルを持つ植原さんが追求し続ける新しいビジネスモデルが、旧態依然のファッション業界に確実に一石を投じるとみています。
Photo: Haruka Saito Edit &Text: OKISHIMAGAZINE