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大切な人との別れは、何度味わってもつらく悲しいものです。そして、時に説明のできない不思議な体験を伴うことも……。今回は、私が大好きだった祖母と祖父にまつわるエピソードをご紹介します。

愛情深く、憧れだった祖母の存在

私にとって祖母の春子さん(仮名)は、とても愛情深く大好きな存在でした。幼いころからいつも可愛がってくれて、長い時間を一緒に過ごしてきました。

祖母は料理が得意で、私が大人になってからも、帰省すると必ずたくさんのご馳走を用意して待っていてくれました。祖父とも仲の良い夫婦であり、食卓を囲んで笑い合うふたりの姿は私にとって憧れそのもの。そんな祖母が闘病の末に亡くなったのは、今から6年前のことです。

祖母が選んだ「最期の日」

亡くなる前、祖母は数日間眠ったまま生死をさまよっていました。そして「祖父との結婚記念日の翌日」に旅立っていったのです。私たち家族は「記念日を一緒に過ごしてから旅立ちたかったのかもしれないね」と涙しながら語り合いました。

祖母らしい優しさを感じさせる最期であり、深い愛情を残してくれた瞬間でもありました。

思い出を語りながら支え合う日々

祖母を失った悲しみは大きく、家族にとってつらい日々が続きました。それでも私たちは思い出話をしながら、少しずつ笑えるようになっていきました。

そして、心配だった祖父も、自分で家のことをこなしたりと前を向いて暮らしていて、家族で支え合いながら日々を乗り越えていったのです。
祖父はときどき寂しそうにしていましたが、それでも「春子に笑われるから」と言って畑仕事を続けていたのが印象的でした。

祖父が旅立った「特別な日」

それから5年後、今度は祖父が体調を崩し、もう長くはないと告げられました。祖父は「最近夢によく春子が出てくる。頭を叩いて俺を呼んでいるんだ」と話していて、その言葉に私たちは胸を詰まらせました。

やがて祖父が旅立ったのは、なんと「祖母との結婚記念日当日」。
私たちは「結婚記念日を一緒に過ごすために、この日を選んだのかもしれないね」「今ごろふたりで過ごせているといいけどね」と話しました。

偶然なのかもしれませんが、祖母と祖父の強い絆を感じさせる出来事でした。その不思議なめぐり合わせは、残された私たち家族の心を今も温めてくれています。

【体験者:30代・主婦、回答時期:2025年3月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:辻 ゆき乃
調剤薬局の管理栄養士として5年間勤務。その経験で出会ったお客や身の回りの女性から得たリアルなエピソードの執筆を得意とする。特に女性のライフステージの変化、接客業に従事する人たちの思いを綴るコラムを中心に活動中。

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